本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

やっぱり年なのねぇ

最近、夜も10時になるとは、もう眠くて眠くて・・・・
どうにも目を開けていられない。
その結果、10時半には布団の中へ。

それからは、色んな夢を見ながら 

当然、朝起きる時間も早くなり、今では6時になると自然に目が覚めるようになりました。

何も焦ることも無いのに、そそくさと朝ご飯を食べ、それから洗濯機のスイッチを入れると同時に、すずの朝散歩へ。
目的地は、オジサンが開いてくれる無人販売所。
もちろん、美味しい美味しいアスパラが目当て。

今年はきちんとお店も開き、ずーっとアスパラが手に入ったんだけど、ここ最近、売り切れが多いのね。

あのね、オジサンのアスパラを食べると、直売所で売ってるアスパラもあまり美味しく感じられないのよ。
大きさも太さもバラバラだけど、とにかく朝獲ってきたばかりの新鮮さが最高!
茹でて、最近知ったツルヤにしか置いていないドレッシングで食べると、幸せ~

昔は一刻を惜しんで寝ていたかったのに、今は寝るのは早い、起きるのも早い。

ハッ! 
これって年寄りの症状じゃない?

すずの散歩にかこつけて、実はアスパラゲットの散歩。
年を取ると、こうして 「早起きは三文の徳」 っていう生活に自然になっていくのね。
明日はアスパラをゲットできるだろうか。
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もう作らないっと

今日は久しぶりの餃子。
本当に久しぶりで、1年ぶりくらいじゃないだろうか。

以前は良く作っていたのに、最近めっきり作らなくなったのは、どうやっても美味しくならないから。
おかしいなぁ。
前はもっと美味しかったはずなのに・・・

たまたまネットを見てたら、ニラたっぷり餃子が出ていて、これは美味しそう!と作ってみたの。
直売所に新鮮なニラもあったしね。

キャベツ、ニラ、ショウガ、ニンニク、豚のひき肉。
これに、ごま油、お醤油、コショウ、片栗粉を入れて、混ぜ混ぜ。
しっかり捏ねて、冷蔵庫で寝かせて餃子の皮で包む。
ごく当たり前の作り方でしょう?
 
焼き餃子にして、ポン酢とラー油で熱々を食べる。
絶対に美味しいはずなのに、何とも味気ないというか、何かが足りないというか、大味というか。

やーめた やめた。
もう作らないっと 

それにしても、何でこんなに不味いんだろう???
美味しくない餃子って、あまり聞いたこと無いんだけどねぇ 

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札幌駅前にあった 「ニシムラ」

今から数十年前、私は小樽から札幌に引っ越しました。

その頃の思い出なんだけど、
札幌駅から外に出ると、真正面に駅前通りが南に延び、すぐ右側に 「ニシムラ」 という洋菓子屋さんがありました。

そのまま南に進むと、やっぱり右側に 「山形屋旅館」 という立派な日本旅館があって、巨人の定宿になっていました。
一度、巨人の選手たちのバスが止まっていたことがあったから、これは本当のことよ。

それはそうと、駅前にあった 「ニシムラ」 のこと。

ずっと後になって三浦綾子さんの本を読んだとき、ニシムラの社長 西村久蔵さんのことが書いてありました。
西村さんはものすごく敬虔なクリスチャンで、ケーキ店の 「ニシムラ」 も、障害のある人のために作ったお店だったとのこと。

場所が一等地だったので、私も何度もケーキを買ったことがあります。
あの辺りは、札幌で最初のケンタッキーの出来た所でもあります。
もしかしたら、ニシムラの後にケンタが出来たのかもしれないな。

とにかく、繁盛していたニシムラはいつの間にか姿を消し、ちょっと調べると、ニシムラ自体が2003年に倒産、全店舗が閉鎖されたそうです。

どうも、その後 ニシムラファミリー という、多分同系列のケーキ屋さんが出来、ニシムラで売っていたお菓子を作っていたらしいのですが、その会社もつい最近倒産。
西村久蔵さんの思いを受け継ぐ会社は、全部無くなってしまったらしいです。

あの、駅前の一等地にあった 「ニシムラ」 に、そんな物語が隠されていたなんて、知りませんでした。

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今日は一日中、トランプ・金正恩会談ばかりで

最近、すずの散歩時間が変わり、昼間は暇になってしまった私。
朝からの、トランプ・金正恩会談の模様を、あちこちのチャンネルをザッピングしながら見ていました。

文字通り、地上波ではどのチャンネルもこのニュースでもちきりだったけど、最後の最後に大きな差が!

2人きりの会談が終わり、事務官を含めての会談が終わり、昼食会が終わり
さて、いよいよ2人の間で合意文書に署名するという段になって、ちょど見ていたテレビ朝日が間の悪いことにCMに突入。

レレレ??と思って色んなチャンネルに回すと、当然のことながら他は歴史的な署名場面を放映中。
だけど、テレ朝はずーーっとCM.
それも長いんだ!

これって、時間が決まっていた訳じゃないだろうから仕方なくはあるだろうけど、現場の人は滅茶苦茶焦ってるんだろうなぁ。
それにしても、長いCMだこと。
この時間、テレ朝の視聴率は落っこちたんだろうな。

通訳って、こんな大事な時に聞いた話は、墓場まで持っていくんだろうなぁ。
これで、拉致問題が少しでも前に進めばよいんだけど。
なんて思いながら見ていました。


それにしても私、この暇になってしまった時間を有意義に過ごすために何かやらないといけないわ。
健康のためになることを始めようかな。

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今日は、すずがご飯を全部平らげて

すずの散歩

最近は、朝散歩でもイマイチ調子が出ずノロノロと歩いて、励まし励まし歩くのが定番。
前は、「早く起きてよ~」 と顔をぺろぺろ舐めてきたのになぁ。

ところが今日の夕食、腎機能改善食に 「食の細くなった愛犬のために」 というドロッとした物をかけてあげると、妙にルンルンと食べるのよ。

その後は、すずとオジチャマの世界 

すず~ これを食べるかい?
それとも、これかい??

ってな具合で、自分のおかずから、あれを上げこれを上げ。
そんな訳で、我が家の献立からは、玉ねぎとニンニクが消えてしまって久しいの。
ニンニク、玉ねぎはワンコにはブッブーだもんね。

そして、本当に久しぶりなことに、器をペロペロと舐めまくって、綺麗さっぱり平らげたの!
こんな食べ方したの、何年ぶりだろう。

ご飯の後には夕方散歩。
この時間の散歩が、いつも一番元気なんだけど、今日は特に元気ガンガン 
先頭切って歩き、私がついていけないほど。

最後には家に入る階段を駆け上り、家に入ってもプレイバウの態勢でじゃれかかってくる すず。

嬉しいねぇ。
このまま腎不全なんか吹っ飛ばして、少しでも元気で過ごしてくれたら最高なんだけどね。
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今はレンコンの時期じゃないのね

私の得意料理。
数か月前に、病院の待合室で読んだ料理本に載っていた 「鶏とレンコンの炒め物」

作り方は簡単で、鶏胸肉をそぎ切りして片栗粉をまぶし、油で揚げる。
レンコンも適当に切って片栗粉をまぶし、油で揚げる。
この2つを、オイスターソース、醤油、酒、酢 などで作っておいたソースで和える。
これだけ。

結構美味しいし、作り方も簡単なので、特にニンニクなどを使えない合唱前の献立にピッタリなの。
鶏胸肉も安いしね。

ところが、スーパーで探しても、レンコンが見当たらない。

Aスーパーで聞くと 「すみません。水煮ならあるんですが、生のレンコンは無いんですよ」
Bスーパーで聞くと、 「こちらですよ」

見ると、ほんの僅かのレンコンが麗々しくパック詰めされて〇〇〇円。
高い!!

やっと分かりました。
レンコンは1年中あるものだと思っていたけど、やっぱり時期があるのねぇ。
今は旬では無いんだわ。

6,7月は完全に時期外れ。
知らなかった~

しばらく我慢だわ。

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昔、小樽では書道を習う子が多かった

小学校の頃、お習字を習っていたの。
それから、6年生まで習い続けた。。。。 って言いたいけど、とにかく飽きっぽい性格だったから、途中でグレて何回も中断。
何とか6年生に辿り着いた感じ。

あの頃、私の周りでは、とにかくお習字熱が凄くて、猫も杓子も習ってる感じ。
それと競っていたのがソロバン。
母は、私の計算能力に絶望していたのか、ソロバンを習えとは言わなかったのね。

小学校の近くに、それは綺麗で和服姿もキリッとした中年の女性の先生がいらして、その先生の書道教室は大入り満員。

ごく普通の民家の2階が教室になっていて、行ってガラリと玄関の引き戸を開けると、すぐに狭い階段が2階まで通じていた。
その1段目からてっぺんまで、各段に子供が一人ずつ座って墨を磨っていたのよ。

狭い階段の右側に子供が座り、練習を終えた子は左側を通って階段を下り、1人帰ると1番上の段に居た子が部屋に入って練習を始め、階段に座っている子達は順番に1段上がる、という状態。

畳敷きの部屋に置いてある机の所まで辿り着くと、さっそく練習開始。
階段に座っていた時に、ずっと墨を磨っていたから、墨の準備は万全。

筆を持って何回も何回も書き、時々先生の所に持って行って直してもらい、最後に (これだ!!) っていうのが出来上がると、お清書として提出。
そしたら、例の狭い階段で墨を磨っている子達の横を通り過ぎて、帰るというわけ。

だから、1回にかかる時間はかなりのものだったと思うんだ。
今思えば、のんびりした時代だったのね。

お習字教室の思い出は色々あって、一度なんか教室の皆でオタモイ海岸までバスを仕立てて遊びに行ったこともあったっけ。
いつも着物姿の先生が、凛々しいスラックス姿だったのが、とっても印象に残っています。

考えてみると、クラスの子の大半が習いに行っていたようなお習字教室。
墨の匂いが好きなのは、この頃の思い出があるせいかもしれない。

あんなに頑張って練習したのに、私の腕はそんなに上達しないままに終わり、漢字もどんどん忘れ去り、困った状況になってしまっているのよ。
あのお習字教室のあった家、まだあの場所にあるんだろうか。
今度帰ったら、探しに行ってみようかな。
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ウエストサイド物語

確か中学生の時、一世を風靡した 「ウエストサイド物語」 が小樽でも封切られました。

もちろん観に行きましたとも。

私が何でも真似していた姉は、当然先に観に行っていて、サウンドトラックも買っていました。

カッコよかったですよね~
あの音楽にあのダンス!!
キレッキレの群舞に、見惚れてしまいました。

放課後の教室で、マリアになり切った女子たちは、♪マリア~♪ の音楽に乗りながら、マリアになりきって踊ったりして。
キャアー 恥ずかしい 
若かったのよねぇ。

あの頃とっていた雑誌に、ウエストサイドの裏話が載っていて、
主役の2人が何故アカデミー賞を獲れなかったのか・・・なんてことが書いてあって、貪るように読みました。

マリア役のナタリー・ウッドは、歌が吹き替えだったんですね。
賞を獲れなかったのは、そのせいでしょうか。
後に、「マイフェア・レディ」 のオードリー・ヘプバーンもアカデミー主演女優賞を獲れませんでしたが、やはり歌が吹き替えだったせいと言われていました。

主演女優賞は、ジョージ・チャキリスの恋人役だった リタ・モレノ でした。
どう見ても助演賞という感じの役でしたが、吹き替えなしの歌と、迫力のあるダンスによるものでしょう。

それまでのミュージカルと言えば、「雨に歌えば」 なんかのタップダンスを主にした、ちょっとノンビリした映画だったので、
ウエストサイドの物凄い迫力のあるダンスと歌、ニューヨークの下町の不良たちの闘争を主題にしたストーリー。
それまでのミュージカルには無かった内容が、世間の度肝を抜いたんでしょうね。

私はこの映画を3回は観たと思います。
当時、芸能人の間で、「ウエストサイドを〇〇回観た」 っていうのは定番の自慢話だったんですよ。
ずっと後になって、レンタルしたウエストサイドを子供たちに見せたんですが、さて何て言ってたかなぁ。

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ものすごく珍しいことに、超ラッキーな日でした♪

今日、何気なく入ったイ〇ン。
何気なく寄ったお財布売り場。

実は、前から狙っていたお財布があるんですよ。
ただし、予算を大幅にオーバー。
どうしようかな・・・
物はかなり良いし、毎日使うものだし、頑張って買っちゃおうかな。

ウダウダ悩みながら、10日のワオンポイント5倍の日まで待って買おうと (ほぼ) 決めていたんだけど、そうなると売り切れちゃうんじゃないかと心配で心配で 

神様のお導きですねぇ。
何気なく行ったんだけど、何と 半額 の札が 

やったね 
もちろん、レジに直行です。

「待てば海路の日和あり」 って、こういうことを言うの??
ちょっと違うのかな (笑)

この日のために一生懸命貯めたワオンポイントも全額使って、ものすごく安い金額でゲットできました。
バンザーイ! バンザーイ! 

朝からのラッキーで、一日中、今日のお天気のように気持ちの良い日になりました 


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TVショッピングの不可思議

佐久に来てから、すっかりTVオバサンになってしまった私。

見る番組は大体決まっていて、TVの前に陣取ってジッと見つめている訳ではなく、点けたままであれこれ用事を足したり、掃除をしたり。

ふと見ると、特に午後に流れているTVショッピング。

この人は何歳だと思います?
〇〇才?
××才?
いえいえ、何と76才です!!
ええええーーー!!!


ってな感じで進む、美容液のCM。
これになると、すぐにチャンネルを変えるんだけど、もっとすごいのが洋服のショッピング。

どう贔屓目に見ても、センスが良いとは思えない洋服の数々。
それを、言葉巧みに勧めるアナウンサー

画面の左側には、サイズだとか色だとかの詳細が並び、アナウンサーがベラベラと喋りながら売り勧めるんだけど、
何といっても驚くのは

はい、皆様、申し訳ございません。
ただいま、茶のお色が残り少なくなってまいりました。

皆様、Lサイズが完売いたしました。
他のサイズがお入り用の方は、お早くお願いいたしますね。


という調子で、どんどんどんどん売れていく (って言う)の。

皆様、あれって本当だと思います??
だって、どう見ても決してセンスが良いとは思えないのよ。
あんな先を争うように売れる品物かい????

私だって暇じゃないから、ずっとショッピングに付き合ってる訳ではないんだけど、マジにあの調子で売れていくんだろうかと、不思議でならないのよね。
あのまま完売なんてことが、本当にあるんだろうか。



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予約社会

昔は、「あー、今日は髪を切ってさっぱりしたい!」 って思ったら、いつもの美容室に飛んでいき、順番を待ってカットしたのに、
最近はすべて予約。

美容室だけじゃなく、病院も予約が大勢になっているの。

私は、予定が決まると、まず手帳に書き、それから居間のカレンダーに書き込むのが決まり。
ところがですよ。
カレンダーに書くのを忘れることが多々あるんですよ。

先日は病院に予約を入れようとテル。
カレンダーを見ながら 「〇〇日は空いてますか?」 と聞いて予約。
電話を切って念のため手帳を見たら、別の病院が入ってるじゃないですか 

慌ててまた電話して、平身低頭。
何とか別の日に入れてもらいました。

1回くらい良いじゃない、と思われるかもしれないけど、1回じゃないのよね。
最近、本当にこの手のチョンボが多くて、ちょっと落ち込み気味。
何だか予約するたびに同じことを繰り返してる気がするの 

その前は、美容室に電話して予約したら、やっぱり手帳に別の用事が入ってるし。
またまたテルして・・・・

そのうち、「万見さんの予約は必ず訂正が入るからね」 って言われるかもしれない。
申し訳ないやら、自分のバカさ加減にイヤになるやら。

予定は必ず、カレンダーにも書き込むこと 


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東信合唱祭でした♪

昨日は、第62回東信合唱祭でした。

朝から、会場の東御市サンテラスホールに集合。
舞台で声出しして、開始を待ちます。

急いで着換えて、私達の出番は2番目。


宮沢賢治 作詞、千原英喜 作曲の

「雨ニモマケズ」

あの有名な詩に、行進曲調の堂々とした旋律をつけた曲です。

ちょっと暗譜が出来ず、先生の鶴の一声で 「全員楽譜を持つように」 とのことで、一安心。
何とか歌い終えました。

出演団体は16団体。
11時半開演、終演が15時半、途中お昼休憩もあり、ほぼ1日を費やしました。
疲れた~~

終わると、場所を変えての懇親会。
喉がカラカラだったので、乾杯のビール じゃない、お茶が美味しかったー。

いろんな出し物があった懇親会の最後は、
出ました! 信濃の国です。

信州に来て11年、こんなに大声で信濃の国を歌ったのは初めて。
何しろ皆さん信州の方だし、合唱の方だし、歌い方も本格的。
私も、お腹の底から声を出して、朗々と歌いましたよ♪

あー、気持ち良かった。
それにしても、腰が痛ーい 
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まるで醤油汁

北海道から東京に出てきた当時、食べたくてたまらなくなったのは札幌ラーメン。

どこのお店だったかは忘れたけど、中央線沿線のある駅前のお店で、醤油ラーメンを頼んだの。

出てきたラーメンは、丼に麺、メンマ、ネギ、チャーシュー、
ごく当たり前のラーメンだったけど、一口スープをすすってたまげてしまった 

だって、スープにまったく出汁が取れていなくて、まるでお湯に醤油を注いで色を付けたものだったから。
いやだ、こんなのラーメンじゃない 

当時の札幌ラーメンといえば、鶏ガラや野菜でしっかり出汁を取り、炒めたモヤシやひき肉がたっぷり乗っていて、コクもあってコッテリして本当に美味しかったんだもの。
東京のラーメンって不味い!
これが第一印象。

その印象は、他のお店で食べても全然覆らず、どうしても美味しいとは思えなかったのよね。
それでも麺類を食べたかった私は、次善の策を発見しました。

それは、タンメンを頼むこと。
タンメンって、野菜をたっぷり使った塩味の麺で、醤油汁よりはずーっとマシだったの。
だから、どうしても麺類が食べたくなったら、どのお店でもタンメンを頼んでいました。

いまは、さすがに醤油汁のお店は無くなり (少しはあるのかな?) 出汁はしっかり取れている麺類が多くて、喜ばしい限り。
あの醤油汁は一体何だったんだろう??
あの頃の東京の人って、あのラーメンを本当に美味しいと思っていたのかな。
それとも、他に食べたことが無いから、あの味が当たり前だったんだろうか。

最近は、外にラーメンを食べに行くこともほとんど無くなった私。
今度、札幌に帰省したら、どこのラーメンを食べに行くか、今から頭を悩ませているのです。

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まったく、どうにかしてよ!!

種々の事情で、パソコンを替えました。
せっせせっせと、お気に入りに、いつも拝見している皆様のブログを入れたり、前のパソコンでいつも見ていたHPを入れたり。
フーッ、それだけで大変(汗)

大体のところは終わったんだけど、困ったのが、いつも借りてるDVDのHP。
何とかログインしたいんだけど、何を入力しても  ブッブー ダメッ  って言うの。

そんなはずはないでしょう。
ちゃんと、秘密のノートに書いてある通りに入力してるのに、それは違うっていうのよ~

こういうのって本当に困るのよね。
パスワードを変更しようとしても、ああだこうだって言って、うまく出来ないし。
これはどうしても必要なものだから、これからあちこち検索しながら頑張るしかない。

これだからPCを替えるのってイヤなのよね。

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「信濃の国」 県歌制定50周年

一昨日 5月20日は、「信濃の国」 が長野県歌に制定されて、50周年の記念日でした。

こちらに来て初めて知ったのですが、私は ナノノクニ の最初の  にアクセントを置いて言っていたのですが、
長野では シナノクニの ノ の字にアクセントを置くんですよね。
微妙なことですが、なるほどねぇ、と思ったことでした。

県歌制定50周年ということで、TVなどでも特集が組まれ、これまた なるほどねぇと思いながら、興味深く見ていました。

堂々とした行進曲調の曲で、いかにも信州の県歌という感じの 「信濃の国」
私は大好きです。

作詞は浅井洌(1849年 - 1938年)、作曲は東京府出身の北村季晴(1872年 - 1930年)により、1900年(明治33年)に出来ました。

ウィキ、さんによると
長野県師範学校(現信州大学教育学部)教諭であった浅井が作詞し、同僚の依田弁之助が作曲して創作したものである。この曲は「信濃教育雑誌」(1899年(明治32年)6月発行)に掲載されたが、あまり歌われることはなかった。翌1900年(明治33年)、同師範学校女子部生徒が、依田の後任であった北村に同年10月の運動会の遊戯用の曲の作曲を依頼した。このとき新たに作曲されたバージョンが現在歌われているものである。師範学校から巣立った教員たちが長野県内各地の学校で教え伝えたことから、この曲は戦前から長野県内に普く定着した。とのこと。

TVで依田弁之助さん作曲の 「信濃の国」 も歌われていましたが、絶対に北村季晴さんの現在バージョンの方がずっと良い!!
やはり、全県に受け入れられただけのことがあります。

6番まである長い曲ですが、県内で1番だけは歌える人は80%にのぼるとのこと。
私もその一人です。

1.信濃の国は十州に 境連ぬる国にして 聲ゆる山はいや高く 流るる川はいや遠し
  松本伊那佐久善光寺 四つの平は肥沃の地 海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき

この1番はもちろんですが、私は5番

5.旭将軍義仲も 仁科の五郎信盛も 春台太宰先生も 象山佐久間先生も 皆此国の人にして
  文武の誉たぐいなく 山と聳えて世に仰ぎ 川と流れて名は尽ず

この歌詞が好きですね。

旭将軍義仲
この方の大河ドラマが出来ないかな?と期待してるんですが。

仁科の五郎信盛は、武田信玄の5男に生まれ、信濃の名門 仁科氏に入った勇猛果敢な武将。
今や桜で有名になった高遠城城主となり、信玄の後を継いだ勝頼が孤立無援状態になった時、ただ一人勝頼のために城を守って織田軍に立ち向かい、悲愴な最期を遂げた人です。

桜の時期ではない時に、じっくりと高遠城を訪ねたいと思っているのですが、何しろ山また山の信州。
辿り着くまでに車酔いが酷いことになりそうで、ためらっています。



信州に来たら 「信濃の国」 歌い放題だと期待してたんだけど、意外と歌う機会って無かったんですよね。
でも最近、県として 「信濃の国」 を盛り上げて行こう!って気運が高まってきたみたいで、私としては嬉しいんですよね。
佐久でも、もっと歌おうよ~


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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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