本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

四国 「とべ動物園」 の白くま・ピース

今から十数年前、まだ前の家に住んでいた頃、四国の 「とべ動物園」 に生まれた、白くま・ピースのドキュメンタリーを見ました。

小さなピースが余りに可愛いのと、飼育員・高市敦広さんの努力が頭が下がるほどで、食い入るように見たのを憶えてます。

特に、ピースの体が大きくなってしまい、高市さんの危険を考えて、それまで夜は高市さんの自宅に連れて帰っていたのを、動物園に置いて行かなくてはならなくなった時、ピースは泣き叫んでしまって、こちらも涙が止まらなくなりました。

何故ピースを思い出したかというと、今日のTVで、タレントの山口智充さんがピースのところに訪ねて行ったのを見たから。
ピースは何と17歳になっていました。

そんなに大きくなったんだ。
穏やかに暮らしていてくれると思ったんですが、ピースは癲癇の持病を持っていたのです・・・・・

プールの中で発作が起き、高市さんが水に飛び込んで助け出したのを見て、何となくですが、ピースは高市さんと引き離されたストレスで癲癇になってしまったんじゃないだろうか、と感じてしまいました。
これはあくまでも私の感じたことで、それが確かだという訳ではもちろん無いけれど、まりの発作も何かのストレスを受ける度に起こっていたもんだから。

大きくなっても、細心の注意が必要だという白くまの飼育。
体に似合わず、とても繊細だという白くま。

ものすごく難しい人工飼育で、17歳まで育ったピース。
高市さんの愛情のもと、心穏やかに幸せに暮らして行ってもらえれば嬉しいんだけど。

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社会文化会館

今から十数年も前のこと、当時、永田町の三宅坂にあった社会文化会館に行ったことがありました。
あそこのホールで開かれた催し物に行ったんです。

社会文化会館というのは、今の社民党の前身 日本社会党の本部です。

私はあまりあの辺に詳しくはないので、誘ってくれた友人の後をついて行きました。
暗い道を歩いてビルに着き、上階にあったホールに行ったんです。

すべてが古くて、ある意味厳粛な感じのビルでしたよ。
あの頃はまだ社会党の勢力が盛んな頃で、たしか土井たか子さんも活躍されてたんじゃなかったかな。

特に政治的な催しでもなかったのに、よくぞあの社会党が本部のホールを貸してくれたものだ!って感じだったんです。

その後、社会党は社民党になり、社会文化会館も取り壊され、他に借りた本部も手放すことになり、この5月には、永田町から離れた隅田川べりのビルに移るそうです。

国会議員がたったの4人では、永田町では維持が出来なかったんですね。

「国会から遠い&狭い 議員4人の社民党が引っ越し (TV朝日)」 
という記事を読んで、思わず遠い日を思い出しました。

給食のせいなんだよ

我が家には3人の子供がいるんだけど、揃いも揃って嫌いな食べ物があるの。

それは グリンピース

私は、全員が小学校を卒業してから初めてそれを知り、ビックリ 

へええー、そうなんだ。

色々聞くと、どうも小学校で出された 「グリンピースご飯」 が原因みたい。

それはそれは美味しくなかったおまけに、い~っぱい入っていたんだって。

グリンピースといえば、私が幼い頃には、焼売の上に1個だけ載っていて、嬉しかったりしたもんだけどなぁ。

学校側としては、彩も良いし栄養面のこともあるし、さぞかし子供たちが喜んで食べてくれると思って入れていたんだと思うのよ。

ちなみに、自校で給食を作っていた学校だったのに、まさか作ってくれていた人たちも、3人の子供たちがグリンピース大嫌いっ!!となってしまったとは思わなかったでしょうね。

我が家の子供たちだけがそうだったのか、他にもアンチグリンピース派がいるのか、それは分からないんだけどね。



ところで、弥生3月も24日だというのに、今日も寒い1日でした~
なして、こんなに寒いだろうねぇ。

そんな中、庭の梅の花が数輪咲いているのを発見。
早く早く、満開になって、本格的な春が来てくれないかな。

梅の花

電話代のお話

結婚して、東京近郊に住むようになった数十年前。
最初のうちは知り合いも無く、私は家で、ただひたすらクロスステッチに精を出していた。

昔から不器用で手芸は苦手なんだけれど、クロスステッチだけは得意。
だって、あれは糸を☓に刺せば良いだけだから。

母が持たせてくれた本を頼りに、毎日毎日飽きもせずに糸を刺し続け、次々に作品は出来上がるのよ。
でも、いかんせん、それを何かに仕立てることが出来ないの。

クッションにもならず、テーブルクロスにもならず、もちろんバッグにもならないで、貯まり続けるクロスステッチの作品。
そのうち飽きて、作らなくなってしまった。

夢中になったのは多分、1か月程度だったかな。

その月の電話代請求書を見て、私はビックリ 
基本料金 + 10円 だったのだ。

当時はまだ、電話が3分10円の時代。
その月に私は1度だけ電話を使っただけだった訳。

今じゃ、タダ友と携帯で喋り放題。
このお喋りが明日への活力になっているだから、今の状態が良いのよね。

ちなみに、あの中途半端な作品たちは、引っ越しの時に全部処分しましたとも。





カーテンのトラウマ

朝、起きてカーテンを開ける時、小樽時代の子供の頃を思い出しちゃうのよね。

何故かというと、勢いよくカーテンを開いた時に、レールの端に付いている留め金が外れて、引いたカーテンがバァーッと外れることが何回もあったの。

1回や2回じゃないのよ~
何回も何回も外れたの。

そのたびに私は、大袈裟に言うと、頭から血の気が下がる感じ 

だって、チビの私にとって、高い所にあるレールに、下に落ちてしまったカーテンの金具を一つ一つ嵌めて行くだけでも大ごとだったし。
最後の金具はどうしたのか憶えていないんだけど、多分親に言って、やってもらったんだろうな。

それにしても、何であんなに簡単に金具が外れたんだろう??
多分、あの頃のカーテンレールの造りが、今に比べてかなり ガッサイ (北海道弁で、造りが安っぽい) 物だったんじゃないかな。

あの記憶のお蔭で、今でも私はカーテンを開ける時、少しヒヤヒヤしながらそーっと優しく開けるようにしてるんだ。
あれが私だけのことだったのか、姉も同じ思いをしていたのか、今度聞いてみようっと。


「坊やちゃん、坊やちゃん」 ってさぁ

昔、我が家が初めて車を持ったころのことです。

まだ若かった私たちは、嬉しくてしょっちゅうドライブに出かけていました。

そしてある日、ちょっと遠出して、山梨のある温泉に行ったんです。

中居さんに案内されて部屋に通されると、まだ1才少々でヨチヨチ歩きだった長女を見て

「まあ、可愛い坊やちゃん。何才ですか? 可愛いこと、坊やちゃん 」 とニコニコ顔で何回も、「坊やちゃん、坊やちゃん」 って言うのよ。

娘のその日の格好は、母が編んでくれた、真っ赤な可愛いワンピース。
白いタイツを穿かせて、ムチムチの太くて短い足がピョコピョコしていて、親の私が言うのもなんだけど、どっから見ても女の子にしか見えないはずなのにぃ。

まだ若かった私は 「あの~、この子、女の子なんですけど・・・・」 のひと言が言えなかった。

そりゃあ、髪がチリチリで短いから、結って可愛いリボンを着ける訳にもいかなかったんだけどさ。

それ以来、私はどんな赤ちゃん、チビちゃんを見ても必ず 「女の子ですか??」 って聞くことにしてるの。
これね、ワンコにも言えることで、性別が分からないワンちゃんには、必ず 「女の子?」 って聞くのよ。

どんな人でも、「男の子?」 より 「女の子?」 って聞かれる方が嬉しいと思うのは、何故かしらね。


そうそう、「真田丸 最終回」 
長野県内視聴率は、21.8% だったそうです。
BSだったり、録画して見たりした人も含めれば、もっと視聴率は伸びてるはずよね。

箱根神社で、すばらしい技を見たことがあるの

箱根神社の前に、今朝の散歩途中、虹が出ていたの♪

「晴れているのに雨が降る。 こんな日は、狐の嫁入りがあるのよ」

これは、好きだった映画 黒澤明監督の 「夢」 に出てくるセリフ。
狐の嫁入りなら、是非とも見てみたいな。

虹


箱根神社の話でしたね。

大昔、友人と二人で箱根を旅行しました。
その時の話です。

箱根神社の石段を登っていたら、右側の建物の所に人だかりが。
のぞいて見ると、そこは弓道場で、今まさに袴姿の男性が弓を引くところでした。

ピーンとした空気が流れ、大勢の見物人も息を呑んで見守るうちに 、ギリギリと矢を引きしぼる右手がぶるぶる震えていました。

(ああ 大丈夫だろうか) と思ううち矢が放たれ、見事、的の真ん中に命中!
見物人から、ほぅーっとため息が漏れ、一斉にざわめいたの。

傍に 「弓道八段者演技会」 (はっきり覚えてないけど) という看板が立っていましたっけ。

スゴイ!の一言。  
あんな緊張感の中で、大勢の見物人の前で 、的に命中させるなんて。 
一体どんな修行をしているんだろう。

見物人の中には小学生も何人かいましたが、誰も声も出さずに 見つめていました。
子供さえ取り込まれる雰囲気だったんですよ。

あんな場所に立ち会えるなんて、滅多に無いことですよね。
今でも、素晴らしいものを見せてもらったと思っています。

子どもたちの聖地が

佐久に来る前に住んでいた、東京郊外の町。

私のいた所のすぐ近くには、小さなアーケード街がありました。

そこにあった本屋兼文房具屋さんが、ある日ひっそりと店を閉じてしまいました。

店の前には、あのジャポニカ学習帳のキィキィいいながら回る陳列台、ガチャガチャの自販機、ホットペッパーや雑誌の棚。

お店の中には本や雑誌はもちろん、ちょっと可愛い文具・雑貨などがびっしり詰まっていました。

友達のお誕生日祝いを買う子、髪飾りやシャーペンを選ぶ子、学校の教材を買う子。
連日のように近所の子供達が集まっていた子供たちの聖地。

もちろん大人も来てました。
便箋に封筒にペンに筆、半紙も画用紙も何でもあって、大体の物はそこで揃ったんです。
特に何台もある大きな平べったい引き出しからは、魔法のように頼んだものが次々と出てくるんですよ。
大人の目も、思わずキラキラ。

愛想のないオバサンだったけど、子供も大人もとてもお世話になったお店でした。

あのお店が閉まった頃から、あのアーケード街は、櫛の歯が抜けるように、お店が減って行きました。

本屋さんが無いって、やっぱり物足りないものですよね。
あの辺の子供たちは、ノートや筆記用具を今はどこで買っているんだろう。
足の無い高齢者は、一体どこで雑誌や本を買っているんだろう。

どんなに小さな町にでも、書店っていうのは必要ですよね。

オリンピック映画

いつの頃までだったか、オリンピックが開催されるたびに、公式の映画が作られたんですよ。

私がおぼろに覚えているのは、ローマオリンピックの映画。
調べると、ローマオリンピックが開催されたのは1960年なので、詳しく知っている訳ではなかったの。
(生まれて無かった、とは言いませんよ(笑) 小さかったのね)

小学校の時に、学校でローマオリンピックの映画を観に行ったんですよ。
他のシーンは何も覚えていないんだけど、映画の最後に、夕暮れ迫るローマの凱旋門が浮かび上がり、あのアベベが走り抜けて行ったのが強烈に印象に残っているのね。
映画って、たった1シーンでも記憶に残れば、素晴らしいことだわね。

その後の東京オリンピック。
大会前から、誰がメガホンをとるのかが大きな話題になり、結局、市川昆監督に決まったのは知っているのよ。
映画自体も良いとか悪いとか、色々言われたのも憶えてる。

それよりも、あの頃のオリンピックにはテーマソングが作られていて、それも大きな話題の一つだったんです。
中でも1968年のグルノーブル冬季オリンピックのテーマソング 「白い恋人たち」 は、文字通り音楽界を席巻するほどの大ヒット。
曲自体も幻想的で、本当に美しい名曲でした。
ジャン・クロード・キリーという選手が、アルペン3種目を制覇して、大人気になったんですよ。
おまけに、ハンサムさんだったのよねぇ。
これはサントラ盤ではないので、ちょっと私が聞いてもらいたいのとは違うんだけど。


あの頃、何故あんなにオリンピックの映画が作られたんだろう?今はどうして何もつくられないんだろう??と思うと、
考えるまでも無く結論は分かってますよね。
TVが普及したからよね。
昔は、お茶の間でオリンピックをじっくり見られるなんてことはなかったんだわ。

あーあ、思えば私も年をとったんだわね~
こんな昔のことを、昨日のことのように覚えているんだもの。
でもね、楽しい思い出でもあるのよ。

出陣式の魔物

今、日本の首都で知事選が行われていますね。

選挙というと思い出すことが一つ。

まだ、前の住居に住んでいた時のことです。

知り合いに頼まれて、ある選挙のある候補者の出陣式に出ることになったんです。

とあるホテルの大会場で行われた出陣式は、それはそれはスゴイ熱気で、候補者の方もかなり上気された顔をしていました。

隣県の有名な知事さんも激励にみえ、会場は 「これで勝った! もう当選は当たり前のことだ!!」 という雰囲気。
凄いんですよぉ、あの熱気って。

だけど私は、 (これはどうかなぁ。この人が当選するのはかなり難しいんじゃないかな) と醒めた目で見ていました。

案の定、その人は落選。

だけど、あの異様ともいえる熱気の中にいたら、(絶対に当選する、これは確かなことだ) と思うのは無理のないことだと思うのよね。
選挙には魔物が住むって本当よ。

先の参院選といい、都知事選といい、渦中にいる人達は 「絶対に大丈夫!」 と思っているに違いないし、そう思わなくちゃ選挙戦なんてやってられないだろうけど、ちょっと離れていれば、かなり冷静な目で見られるのよね。

あの落選してしまった人がどうなったのか、ちょっと気になって友人に聞くと、捲土重来で見事当選、議会で活躍されているそうです。
良かった~

グスベリ・チヨコレイト・パイナツプル

庭でたわわに実を付けた グスベリ。
グすべり

これ、ちょっと酸っぱい味で、小さな種があるけど食べられるのね。

小樽にいた小さい頃、女の子達の間で流行った遊び。

グーは グスベリ
チョキは チヨコレイト
パーは パイナツプル

じゃんけんポンして、勝つと、その文字数だけ前に進めるの。

グーとチョキでグーが勝つでしょ?
そしたら、その人が 「グースーベーリ」 って言いながら、なるべく大股で歩くのよ (というか、飛ぶ)
何度もじゃんけんを繰り返して、最後に1番遠くまで行った人が勝ち、ってゲーム。

これは本当に良く遊びました。
その頃は、遊びの中でしかグスベリって知らなかったの。
本州の方から入ってきた遊びだったのか、小樽の街中で自然の無い所だったから、グスベリが生えていなかっただけなのか。

庭のグスベリを見たら、思い出した懐かしい遊びでした。


今日、姉からもテルが。
かなり寒さに強い姉でも、今の寒さには参っているとのこと。
段ボールに厚手の服をギュンギュンに詰め、明日クロネコさんに頼んで来まーす。


ドンブラコッコ

めちゃくちゃ大昔、池袋近くに住んでいた時がありました。

池袋東口からブラブラ歩いて10分ほど歩いた所にあった小さいレストラン。
名前は・・・・忘れちゃったのよね。

とにかく、一人でそのお店に良く行ったんです。
いつ行っても、あまりお客さんがいた覚えがないのよね。

そのお店の売りは

舟でお料理を運びます♪

確か、2階に上がって壁に向かったカウンター席に座ると、目の前に幅40センチ程の川が流れていて、そこに舟がドンブラコッコと流れてきて、その上にお料理が乗っている、という仕組み。

言ってみれば、今の回転寿司が舟に乗ってる感じ。
ただし舟だから、とってもノンビリしているの。

何を食べたのか憶えて無いんだけど、丼物とかラーメンとかカレーとかだったんじゃないかな。
特に高かった覚えもないし、独身の私が行ったんだから、敷居の高いお店でも無かった。
ふと思い出して色々調べたけど、もちろんそんなお店の記事はありませんでした。

近くのアパートに友人が住んでいて、私がバスで帰ろうとすると、同じバスに顔を真っ白に塗りたくり、唇を真っ赤に塗った女の人が乗り込んできて、車内がざわめいたりしたこともあったっけ。

ちょうど、口裂け女の都市伝説が流行っていた頃で、あの人は真似をしていただけなのかな。
さっきNHKで池袋のことをやっていたので、思い出してしまいました。


箱根小涌園で見初めた鍋敷きの話

うちには 「ふくろうの鍋敷き」 がある。

買ったのは箱根の 「小湧園」
子供たちが小さい頃、夫の出張中に泊りに行ったのだ。
実は、内緒だったんだ~♪

私の運転技術では箱根まで行けなくて、小田急から登山鉄道に乗り継ぎ小湧谷駅で降りて、車がビュンビュン通り過ぎる国道1号線を、カルガモの親子よろしくゾロゾロと歩いてたどり着いたのだ。

歩いている人など誰もおらず、車からの 「あらあら こんなところを子連れで歩いてるよ」  的な視線を感じながら、それでも温泉が楽しみで歩いたのだった。

初めての小湧園は夢の世界のようだった!

大きな大きな旅館。
これまた大きな渓谷を利用して作られた、水着で楽しめる様々なお風呂。
ワイン風呂に、コーヒー風呂に、穴倉みたいなサウナ、その他いっぱいのお風呂たち。
こんなの生まれて初めて 

子どもたちも私も大はしゃぎで、思う存分遊んだのよ。

そして、忘れちゃいけない、大きなお土産コーナー。
あれはコーナーなんてものじゃない、大きな建物の1階分丸ごとお土産売り場だった。

温泉まんじゅうからちょっとした芸術品まで置いてある売り場に、この鍋敷きがあった。
これに私は一目ぼれ。
ふくろうの鍋敷き

本来の目的として使った事は一度もないの。
私にとって、本当に思い入れの深い鍋敷きだから、鍋を置いて汚すなんてとーんでもない 

どこかに飾ろうと思ったのだが、どこに飾ってもいまひとつ不安定なのだ。
なんせ鍋敷きだから。
今は窓枠にもたれかかって、我が家の居間を見守っている。

箱根の小涌園。
お正月の箱根駅伝で小涌園の近くを選手が走る度に、あの楽しかったお泊りを思い出しちゃうのよね ♪

2016年03月22日 | 思い出 | トラックバック(0)件 |

あれから30年も経ってしまって・・・

8月12日は、私にとって忘れられない日。

まず、30年前の今日、羽田発JAL123便が御巣鷹山に墜落した。
ちょうど同じ日、私は家族全員で、羽田発JAL札幌便に乗っていた。
後で分かったんだけど、出発時刻も同じような時間だった。

一番混む時期の羽田ー札幌間を飛び、やっと夫の実家に着いた時、ちょうど事故のNHKニュースが流れていた。
移動の疲れも一瞬にして吹っ飛んでしまうほどのショックだった。

たった一度だけ、御巣鷹山の麓にある 「慰霊の園」 に行ったことがある。
黒い石に刻まれた520名の名前を見た途端、そのあまりの多さに驚いてしまった。
もう一つショックだったのは、身元不明の遺体を納めた納骨堂があったこと。

ああ、飛行機事故ってそういうことなんだ。
ご遺体が誰だか分からないのは、当たり前にあることなんだ。
その、多分ご遺体の一部を納める場所も必要なんだわと、私はその時に初めて気づいたんですよ。


それから、11年前の8月12日。
私は最後のチョコ散歩をしたんですよ。
その日、佐久の夫の住まいの掃除に行くことになっていたので、12日の朝に、いつも散歩に行っていた公園にチョコを連れて行ったんです。
朝早かったので、会ったのは顔馴染みだった 「フジオくん」 とお父さん。
ちょっと遊び、用も済ませて元気に家に帰ったの。

ちなみにフジオ君も保護犬で、お父さんが富士山に行った時、多分捨てられて放浪していたフジオ君を連れてきたという訳です。
大きくて優しい男の子でした。
朝の一仕事を終えてから、子供たちに後を頼んで、急いで新幹線に飛び乗ったんです。
あれがチョコとの最期の散歩でした。

翌日の13日に、チョコは急いでお空に昇って行ったんです。
書いているだけで涙が出てしまうけど、今はお空で位の高い神様になって君臨してるに違いない! と思うのよね。

2015年08月12日 | 思い出 | トラックバック(0)件 |

あれは一杯食わされたんじゃないか、と思うこと

先日、TVで 「だましのテクニック」 みたいな番組をやっていた。
その中に、『シロアリがいると言って、持って来たシロアリに食われた木材を見せてだます』 っていうがあった。

これ、私が前住地であったことと同じなんだよね。
ある日ピンポンが鳴り、出てみるとお兄さんの2人連れ。

「シロアリの検査を無料でやりますよ」 って。
1人のお兄さんが私たちに色々説明している間、いつの間にか、もう一人のお兄さんが家をぐるっと回って、「ここにこんな板がありますよー」 と叫んだの。

ゾロゾロと行ってみると、母が住んでいた部屋の縁側の下から出てきた、と言って、ボロボロになった板を私たちに見せた。
白い小さな虫がいっぱい蠢いているボーロボロの板 
母は自分で壊した箪笥の木材などを縁の下に置いているのを知っていたので、こちらも何となく納得してしまった。

結局、その場で床下を見てもらう事に。
出てきたお兄さん、「やっぱりやられてますね。今度シロアリ退治の薬を撒きましょう」
それからはレールに乗せられたように事は進み、〆て20万えんもかかってしまった。
頭のどこかには、(これ本当かなぁ???) という気持ちはあったんだけど、色々思い当る節も無いじゃなかったし。

まず第一は、ある日仕事から帰って来たら、居間の網戸の内側に羽蟻がいーっぱいくっ付いていたこと 
外側じゃなく、内側っていうのが大ショック~。
第二は、母の部屋の外には、ボロボロの板が何枚も置かれていて、そこにはちょうど床下に通じる換気口があったこと。
シロアリがいても不思議じゃない、っていう気持ちはあったのよね。

もう済んだことだから今更あれこれ考えても仕方ないけど、「騙されてませんか?」 なんてニュースや広報を見ると、ああ、あの時のシロアリ退治は本当だったんだろうか・・・と胸の辺りがモヤモヤするんですよ。
困ったもんです。

タイ米騒ぎと、お米屋さん

テレビを点けると、ローカルだけではなく全国版でも、浅間山噴火のニュースを大々的に流してる。
今日の9時半ねぇ。
曇っていて浅間は全然見えなかったし、もちろん爆発音も聞こえなかったし、この辺りは平穏です。
それにしても、県歌 信濃の国で ♪浅間はことに活火山~♪ と歌われている山だけのことはありますね。
全国トップニュースになるんだものね。



ところで、20数年前に、タイ米騒ぎがあったのを憶えておられるだろうか?

私がそのころ住んでいたのは、かなり大きな団地の近く。
団地の真ん中には小さいスーパーと、アーケードに覆われた小さい商店街があった。

まだ商店街が活気があった頃で、その中の1軒にお米屋さんがあった。
やる気満々だったお米屋さんは、数軒が一度に建てられた私の地区にも1軒1軒セールスに来て、おにぎりを配っていった。

そのおにぎりが本当に美味しかったの。
当時子育てと仕事に忙しかった私は、お昼はそこのおにぎりを買うことが多かった。
お店の一角にショーケースがあり、各種のおにぎりが並び、天むすまであったっけ。
カレーも作っていて、しょっちゅうお昼ご飯にカレーライスを買っていた。

それから数年経った時、いきなりのタイ米騒ぎ。
美味しいお米は店頭から姿を消し、並んだのは決して美味しいとは言えない国産米とタイ米だった。

その時、皆が口々に言っていた。

(古くからのお馴染みさんには、奥から美味しいお米を出して売ってるらしいよ)

本当かなぁ? でも、それも有り得るかも・・・・

不思議なことに、タイ米騒ぎが収まってからも、相変わらず店頭のお米は美味しくなかった。
いつしか私はその店でお米を買うのを止め、その他の客足も遠のいていき、結局数年後、団地創設以来のそのお米屋さんは店を閉めてしまった。

法律が変って、どこでもお米が売られるようになったせいもあるけど、やっぱり、あの噂といつまでもマズイお米を売っていたのが致命的だった気がするんだけど。


どこから資金が出てるんだろ?と思ったこと

善光寺御開帳や三社祭でドローンを飛ばし、逮捕された少年の話題が世間を賑わせたけど、15歳の少年が、どうやってその資金を得たんだろうと不思議だったのよね。
なんと彼にお金を振り込んだ大人がいると知って、もうビックリ 
名乗り出たのは1人だったけど、多分他にもいるのだろう。
ドローンという名前を、この事件で初めて知った人も多いんじゃないだろうか。

それに、つい最近では、あのシーシェパードが日本に賠償金3億円を払うことで合意だって。
あの自分本位の攻撃的な団体も、どうしてだか資金が潤沢みたいなんだよね。

お金ねぇ・・・と考えていたら、ふと思い出したことがあった。
遠い遠い昔、まだ学生だった頃、たびたび利用していたバスで、ある通りを走っていると、4階建てくらいのビルが建っていた。
普通のビルじゃないな、とすぐに分かったのは、通りを挟んで反対側のバス会社の駐車場に、いつも機動隊がいたこと。

機動隊よ、機動隊。
普通じゃないでしょう?
後で友人に聞くと、「あれはね、Z社のビルよ。だから機動隊が見張ってるのよ」

Z社、それは○核派の本部らしくて、ビルの中には学生運動の活動家がいたみたい。
というか、時々窓や屋上から、ヘルメットを被り、マスクをした男性が外を覗いているのも見た。
私は学生運動最盛期ではなく、それがかなり静まってからの学生時代だったけど、それでも活動家はたくさんいたのだ。

それにしても、学生運動もすっかり下火になっていた時代、あの場所、あのビルをどうやって○核派が維持しているのか本当に不思議だった。
だって、大きな通りに面した、間口の広い4階建て位のビルよ。
お金がかかるでしょう?
物識りの友人に聞くと 「あのね、会社とか社会人とか、ひそかに支援しているのよ。ちゃんと支援者がいるのよ。だからお金を持ってるのよ」

ええええー?
そんな表社会から、ああいう所にお金を出す人がいるわけ?
彼女の言うことが本当だったか分からなかったけど、とにかく資金が無いと何事も始まらないのは確かだし、あのビル内にいる活動家の人たちが働いてお金を稼いでいるとも思えないし、やっぱり資金源はどこかにあったはず。

今度のドローンやシーシェパードのことで、ちゃんとお金を出してくれる人が存在するんだと驚いたと同時に、遠い昔のことを思い出してしまったのでした。

家庭訪問、あれこれ

今日のヤフーニュースを見ていたら、 『<家庭訪問>変わるスタイル 「玄関先訪問」も』 という見出しが載っていた。
要するに、働くお母さんが増えてきて、以前の様に家に上がって懇談するのが難しくなり、「家庭訪問」 じゃなく 最初から 「玄関先訪問」 と銘打って行う学校もある、ということみたい。

家庭訪問って幼稚園からあるのよね。
上の子が幼稚園の時は、何しろ初めての家庭訪問だからメチャクチャ気を使って、家中ピカピカに掃除して窓拭きまでして先生を迎えた。
もちろん、お茶とお菓子も忘れずにね。

先生と和やかにお話も進み、ああ やれやれ、特に問題も無さそうだし良かったよ~ と思ったその時、いきなりどこかから黒い大きな虫がブウウウウーンと飛んできて、いきなり先生のホッペタに止まったのだ。
ええっ! 何なに??? と見ると、何とデカい ゴキブリ だったの   

「先生、それゴキブリだぁぁぁー」 
と叫ぶと、幼稚園でもベテランの中年のその先生は顔色も変えず 
「大丈夫、私ゴキブリは平気なんです」 
と微笑みながら、手でサッと振り払ったの。
それから、ゴキブリ退治が始まったのか先生とお話が続いたのかサッパリ憶えていないんだけど、私の頭はゴキブリでいっぱい。
あんなに焦ったことはありません。
何故に、あの日あの場所に飛ぶゴキブリが現れたのか、天を恨みたい気分でしたよ。

同じく上の子が中学生になった時、担任の男の先生が来られました。
玄関まで出迎えて挨拶し、「さ、どうぞ」 と2階のリビングに案内しようとしたら、先生 
「ちょーっと汗で靴下が汚れちゃったんですよね。そうか、ここで脱げば良いのか」 
と止める間もなく裸足になって階段を上がる先生。
階段には先生の汗をかいた足跡が付き、私はその後ろを (きったねえよー、おい) と思いながらついて行ったのでした。

不思議なもので、2番目3番目になると殆ど思い出せないんですよ。
それにしても、あの頃から 「玄関先訪問」 があると、楽だったのにねぇ。


今日は最高のお天気の中、松原湖に行って来ました。
もちろん、すずも連れて。
何度も行っている所なのに、例によって写真を撮りまくり整理ができません(汗)
整理が出来たら、今の季節の松原湖をアップしようと思います。
とても良い所なんですよ♪

ジャガーミシン

結婚して間もなく、渋谷の東急デパートにミシンを買いに行きました。
信じられないくらい不器用な私、それまでミシンに関係することは全て避けてきたんだけど、夫に言われて仕方なく行ったのが本当のところでした。

あれこれ見ていて選んだのが 『ジャガーミシン』
名前に聞き覚えがあるから有名メーカーだと思って選んだんだけど、後で分かったのが当時は東京支店もない、あまり知られていないメーカーだったってこと。
どうも私の頭では 「ジャノメ」 と 「シンガー」 と 「ジューキ」 がゴチャゴチャになってたみたい。
「ジャガー」なら有名じゃない! と思ったのよね。

家に届けられたミシン、全然使い方が分からないし使う理由も無いから放っておいたんだけど、ある昼下がりのこと、いきなり玄関のチャイムが鳴ってオバサマが入って来ました。
目を白黒させている私にオバサマは 「ジャガーから参りました。これからミシンの使い方をお教えします」 
ええーー?! そんなサービス付きだったんだ。
慌てて買ったばかりのミシンを出してきて、その人とマンツーマンの特訓が始まりました。

1時間くらいだったかな?
こんな私でも、上糸・下糸の通し方、簡単なミシンのかけ方、その他を習い、一通りの使い方をマスターしたんですよ。
特訓の成果、恐るべしです。

その後、子供が幼稚園に通いだすとき、このミシンが大活躍!!
泣きそうになりながら、手提げ袋・上履き袋・お弁当袋・コップ袋・・・・あれこれあれこれを必死に作ったのはこのミシン。
特訓のお蔭で、何とか作り上げた時には  万歳三唱でしたよ~

その後、たま~に必要に迫られて使っていたジャガーミシンも、何十年の後には調子が悪くなり遂に買い換えになりました。
新しく生協の通販で買った 「シンガーミシン」 がやって来たんだけど、家まで出向いて教えてくれるオバサマがいなかったせいで、(おまけに説明書を引っ越しのドサクサで紛失してしまったので) 全然使わないままに今日に至ります。
出張講義って、本当に優れものなんですね。

何故こんな事を思い出したかと言うと、とあるMさんのブログで渋谷の記事を読んだから。
あの天井の低くて細長くて人がごった返していたお店。
ミシンを買い、神田精養軒のミートパイを買っては食べしていたお店が 『東急デパート』 だって分かったから。
あのゴチャゴチャした渋谷が大再開発で生まれ変わるんですね。
行ったら絶対に迷子になるだろうな。


余市の思い出

「マッサン」 が終ってしまいましたね。
小樽の隣町、余市も舞台になったドラマで、毎日観てました。

っていうのはウソで、週末にやる1週間分の放送を観ていたんです。

ニッカといえば余市。
私も何回も余市に行った事はあり、当然ニッカの工場にも行ったと思われるのに、さっぱり覚えがないの 
一体どうしたわけでしょう ???

思い出したのは会社員時代、バスツアーで余市に行った時のことです。
余市には名物が色々あり、ニッカ ・ リンゴ ・ ブドウ ・ サクランボ ・ それに鮎。
その時は、名物の鮎を食べに行ったんです。

様々に調理された鮎を、ふんだんにいただき、それからまたバスに乗って次の目的地に移動中、私のお腹に異変が!
痛くて痛くてたまらなくなってしまったんです 
神様、助けて !!!

急きょバスはお医者さんに横づけ、私はそこで降ろされて、確か注射かなんかされてバスが迎えに来てくれるのをウンウン唸りながら待ちました。
お蔭でバスが来てくれた時には、すっかり元通りに。
一体あれは何だったんだ?

どっちにしても、私が唸ってる間に、みんなはきっとニッカに行ってたのよね。
ニッカに行ける貴重なチャンスを逃してしまったようです。
それも、添乗員さん、運転手さん、他のみんなに迷惑をかけながらね。
ほんと、申し訳ない 

夏に、また小樽に行くことになったんだけど、残念ながら余市まで足を伸ばせないのよ~
それでも、あの余市がこんなに有名になっただけでも、とっても嬉しい♪
全国からお客さんが来てくれると良いな。


プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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