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本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

帰省旅行その1 「喜来登」と小樽と 

無事に帰ってまいりました。
行ってみると荒れ模様 、帰ると同時に晴れ 
ついていない私でございます。

去年と全く同じ、着いたその日に狸小路6丁目へ。
ハイ、これを食べに行きました。 
「喜来登」 の味噌ラーメン 
  ↓
きらいとらーめん

相変わらず美味しいんだけど、絶対にこれだけは言える!
去年より、量が多い!!!
去年は母もペロリと完食だったのに、今回は私でさえも食べきれなかったぁぁぁー
スゴイぞ、喜来登。



そして翌日、念願の小樽へ。
朝起きると札幌は土砂降り 
ちょっとね、諦めようか・・・・って気持ちもあったのよ。
でも、せっかく帰って来たのに、小樽に足を踏み入れない訳には絶対に行かないもん。

すると、私の念力が通じたのか、小樽に近づくと雨が止んできたのよ
その代り、ものすごい風で、海は大荒れ。
その中を、フェリーが出航して行きました。
船は大揺れだろうなぁ。
フェリーと荒海

まずは小樽築港。
ここには、私が必ず寄る 「新南樽市場」 があるんですよ。
ここで、家へのお土産を調達するのが恒例なの。
相変わらず、生きの良い魚介類がワンサカ。
新南小樽市場

市場2

あれもこれも欲しいけど、ここは仕方ない、タラコ等だけど頼みました。
ここの良いところは、市場内なら、違うお店の品も同梱してくれること。
私は深沢肉店の燻製を入れてもらいました。

それから向かったのは、南小樽駅前の、このお店。
以前にもブログに載せた 「砂場」 です。
すなば

一応メニューを見て
すなばメニュー

まあね、最初っから決めてたんだ。
大きなエビ天が乗った 「天ぷらそば」 ね。
ここは、「田舎蕎麦か更級蕎麦かどっち?」 って聞かれるので 「田舎蕎麦ー!」

天ぷらそば
ちょっと写真の向きがおかしいけど、揚げたての特大エビ天がジュウジュウいいながらやってきました。
お汁も美味しいし、もちろんお蕎麦も美味しい。
満足満足 

すみません。
まだまだ小樽は続くんだけど、あんまり長くて今日のところはこの辺で。
最後におまけで、喜来登の後に立ち寄った、北海道庁の見事な姿をご覧ください。
道庁2

道庁

ちょっと奥さん、北海道は寒いんですってよ

来週、帰省します。

楽しみ楽しみ♪

昨日書いた、モスグリーンのTシャツも、帰省用の精一杯のお洒落 

その他、手持ちの服をあれこれと組み合わせ、2日目はこれ、3日目はこれ、っていう具合に段ボールに詰めてるの。
こういう時間が楽しいのよね。

ところが、天気予報&実家からの電話によると、雨でジメジメしてて本当に寒いんだって。
蝦夷梅雨っていうんだって。

そんなぁ。
北海道には梅雨は無いはずでしょう???
蝦夷梅雨とかって、そんなの聞いてないよ 

だって、気温が15度とかなのよ。
いくらなんでも、寒すぎでしょう。

今日の佐久は30度で、太陽ギラギラ 
当然私は、真夏モード。

段ボールに詰めた夏服を恨めしく見つめ、それでもどうしても着たいからシャツをヒートテックにしてみたり、腕カバーを入れてみたり。

小樽をどういう道順で回るかも、大体シュミレーションできたし、札幌でどこに行くかも決まったし、後は何とかお天気が回復して暖かくなってくれるのを祈るのみ。
それにしても、段ボールひと箱が全部服って、どういうことかね。


私の中学校が・・・・

私が卒業した中学校は、今から数十年前に閉校。
その後、お隣にある私立高校の付属中学校になっていました。
住吉中学校


今日、小樽の事を細かく書いて下さってるブログ様を読むと、何とその私立中が募集を停止するんだそうです。
何でも、発足当初から定員に満たず、今年は最低だったとのこと。
これでは仕方ありませんね。

でも、あの思い出の校舎はどうなってしまうんでしょう。
盛大な落成式に、桜陽高校の合唱部が来て、素晴らしい合唱を聞かせてくれた校舎。

思い出すと、最上階にある体育館から、避難訓練で太い布の筒みたいなシューターを外に落とし、一人一人降りる訓練をした思い出も。
シューターは垂直に落ちて、そこに飛び込んで行くわけ。
今思うと、ものすごく怖かったはずなのに、周りが何も見えなかったので、平気で滑り降りたの。

私はクラスで一番チビで、前のクラスの1番大きな男子がシューターに吸い込まれていった後、スタンバイしていたら、いつまで経ってもゴーサインがでない。

あれ?と思ったら、前の男子が途中で引っかかっていたのよね。
確か、消防団の人がシュートをバフバフと揺すって彼は無事落下 (← こんなもんかい!) いよいよ私の番。
途中で止まりもせずに、無事に着地しました。

色んな思い出が詰まっている校舎、今度帰ったら、また見に行こうかしら。

子どもの頃、深~く後悔したこと3つ

小樽での小学校時代の頃、(こんなことをしなきゃよかった。。。。) とい深く後悔した事が3回あったの。

1回目

多分小3くらいの時、校庭の片隅にある鉄棒でのこと。
当時、膝の裏に鉄棒を挟み、下にブランとぶら下がるのがクラスで流行っていたの。
チビでドンくさかった私はそれが出来ず、それでもチャレンジしてみたかった。
人に見られるのが恥ずかしかったので、放課後に誰もいない校庭で思い切ってぶら下がった私。
そして、真っ逆さまに下に落ちました、 ブギュッ!
頭と顔を打って痛かったのよ~、
こんなことやらなきゃ良かったって、深~く後悔。


2回目

やっぱり小学校の時、姉とその友人たちに混じって、あるものすごく急な坂の横の崖を上り始めたの。
それが急なんてもんじゃない!
私は先にどんどん登ってゆく姉達のお尻を見ながら
ヤモリみたいに崖に張り付いたまま泣きそうになっていた。
あ~あ、なんでこんな事始めちゃったんだろ。
深~く後悔。
その坂は小学校の近くで、今は 「赤坂」 という名前で知られ、舗装はされたけれども、相変わらずの急坂みたい。


3回目

当時、夏休み期間に水泳講習会があり、近くの蘭島海水浴場へ汽車で通っていたの。
鄙びた駅から海に向かう道すがら、トマトが成っている畑があったのね。
みんな、赤く実ったトマトをいただいて、丸かじりしながら歩くのがブーム。
正直言って、生のトマトが大の苦手だった私。
だけど、みんながあんまり美味しそうに食べるから、(もしかしたら、本当に美味しいのかも・・・) と思って、目をつぶる思いでガブっとかぶりついた。
その途端、 
あー、止めときゃ良かった。やっぱり超美味しくない!
だけど、今度ばかりは頂き物だし、食べかけのトマトなんて友達に上げる訳にいかないし、文字通り必死になって食べ終わった。
それ以来、今に至るまで生のトマトは苦手。

小樽っていうと、あの深い後悔にとらわれた時のことが忘れられないのよ。
何でも、3回痛い目に遭わないと懲りない性格は、昔からだわ。

「あずましくない」 のは嫌だよ~

なんと! この私が銭太鼓を演じることになりました。

曲は 「てんてんてまり」

♪ てんてんてんまり てんてまり~  てんてんてまりの てがそれて~ ♪  っていうあの歌。

先生役の方が仰るには、これが一番簡単なんだって。

この日はちょっとした集まりがあるんだけど、ちょうど昼食時間だからと、オードブル盛り合わせを頼もうってことになって。

だけど、私は言いたいの。

盛り合わせって、ハッキリ言って私みたいな遠慮深い人間には、本当に取りずらいのよね。
1人1人前ずつの物が無いと、最後まで空きっ腹のままで終わっちゃいそう。

そういうのって あずましくないのよね~ 

そう言おうとして、ハッとした私。
北海道民の私には 「あずましくない」 は当たり前の言葉だけど、これってバリバリの方言なんだわ。

この言葉を共通語では・・・・  ええと、なんて言えば良いの??


「あずましい」 = 「落ち着く」 「気が張らない」 「ユッタリできる」 「安心出来る」

「あずましくない」 = 「落ち着かない」  「気が張る」 「ユッタリ出来ない」 「安心できない」

こんな感じかな。

もっと他に、 これはそんな意味じゃない! こうだろう!!! って方もいると思うんですよ。

移民で出来ている北海道のことだから、日本のどこかに同じ言葉を使っている所があるかもしれないですね。

それはそうと、私の 「あずましくない」 気持ちが通じたのか、一人ずつのお食事も頼むことになりました。
ああ、良かった~♪

観ましたよ! 鉄腕ダッシュ in 小樽

昨日午後7時、TVの前でスタンバイ。
いよいよ 「鉄腕ダッシュ」 小樽市でご当地PR!ソリで名所坂を下る! の始まりです。
ワクワク 

これから先は、例によって番組をご覧になった方しか分からないかも。
申し訳ありません。



番組が始まると同時に、いきなり小樽PRコーナーが始まりました。
まず、城島さんと山口さんが、木製のソリ製作のお手伝いです。
立派なソリが出来上がりました。
小さい頃、こういうソリは、小樽のあちこちで見られたんです。

さて、1番目の坂は 「一尊庵の坂」
この坂は、残念ながら私は知らないんですよ。
港の景色が良く見える坂でした。

2番目は 「五百羅漢の坂」
ここは任せて下さい! バリバリ私の守備範囲です 
何しろ、この坂の途中の学校に通っていたんだもの。
母校も出てきて大感激。
すぐ前にあった先生御用達のお蕎麦屋さんは、コンビニになってました。

ここは、近所の皆さんの声援を受けて、城島が滑りました。
最後に 「龍徳寺」 というお寺さんにゴール。
ここには、日本最大の木魚があり、お坊さんが叩いてくれました。
そこまではさすがに知らなかったわ。

そして3番目の 「水天宮の坂」 です。
ここはもっと任せて  
ここは私の家のすぐ近だったんだもの
何度も上っていた、ものすごくキツーーイ坂です。
ここは余りにも傾斜が急なためでしょう、途中から滑っていました。
夏に頂上から見た坂です。
今の私じゃ、とっても無理だに~

水天宮から相生町へ

小樽の皆さんの応援や、可愛い 「運がっぱ」 、美味しいお寿司や熱々の あんかけ焼きそば。
どれをとっても、本当に懐かしくて嬉しい企画でした♪
鉄腕ダッシュさん、城島さん、山口さん、小樽を取り上げてくれて本当に有難うございました。
ぜひとも、泊りがけで小樽に来てくれるお客さんが増えることを、心から願っています。


日曜日の 「鉄腕ダッシュ」 に、小樽が出ます!!

今度の日曜日 2月7日に 「ザ!鉄腕!DASH!!」 の  

「DASH ご当地PR課 ~北海道小樽市 冬の坂道をソリで滑ってPR~」

で、TOKIO の城島さんと山口さんが、木製ソリで小樽の坂を滑るそうです。

これは絶対に見なければ!!

皆さんも、お時間があればご覧になって下さい。

最近、小樽がTVで取り上げられることが多くて、本当に嬉しいです ♪

2016年02月04日 | 小樽 | トラックバック(0)件 |

小樽の 「霧が丘」 は今どうなっているだろう?

相変わらず寒さが続き、雪はちっとも融けず、おまけに今日明日は最大の寒波が来るそうです 
ちょっと横道に入ると、車を轍に取られないように、細心の注意を払っての運転。
疲れるわ~

ここから先は、小樽でのスキー授業の思い出です。


小学校時代、冬の体育はスキー授業で、小さな体にナップザック、肩にはスキーを担いでスキー場まで歩いて行ったの。

学校を出ると、すぐに急な坂。
そこから延々と登り坂を歩き、国道を渡り、神社横の坂を上り、ただひたすら歩き続ける。
あれはどこをどうやって通ったんだろう。
途中の右側に飴の工場があり、甘い匂いが漂ってきたっけ。

今になっても、一体何という所を通ったのかさっぱり分からないのだけど、辿り着いた所は通称 「霧が丘」 というすり鉢状になった場所だった。

そこはただの丘で、リフトなどは全く無く、先生の号令一下、子供たちはスキーを履き、横向きになってスキー板を細かく動かして斜面を登っていく。
そして、直滑降とかボーゲンなどで滑り下りるのだ。

授業時間は大体2時限、かなり滑ったところで、また学校までトコトコと、いや、スキー靴を履いていたと思うからザックザックと帰るのだ。

それから普段通りの授業を受けたのだから、一体どれだけ体力があったんだ! と自分を褒めてあげたいわよ。
時にはザックにお弁当を入れ、その寒いスキー場で食べたりもしたっけ。
母手作りの冷え切ったおにぎりが、とても美味しく感じられた。

そうそう、忘れられないのは背中に入れたタオル。
長いタオルを背中に入れて首の後で外側に垂らし、その上にシャツ、セーター、ジャンパーを着込むの。
いくら寒い屋外とはいえ、あれだけ歩くと汗が出るのよ。
その時、そのタオルをスーッと引き抜くと、それはそれは気持ちが良いのよね。

あの頃を思い出して、今でもお風呂上がりで汗をかいた時なんかにタオルを入れて引き抜くと、あの霧が丘スキー場での気持ちよさを思い出すんですよ。

あの 「霧が丘」 
地図で見ても、それらしい所が見つからない。
もう名前も変ってしまったのかもしれないけど、いつか訪ねてみたいと思ったりするのよね。
今の子供たちは、まさかあんなスキー授業は受けていないわよね。
あんなに小さい頃からスキーのメッカ小樽で滑っていたのに、一向に上達しなかった私って一体・・・・・

今年の夏には、霧が丘探索ツアーに行けるかな。

応援歌 「漢の高祖」

カテゴリを 「音楽」 にしようか 「思い出」 にしようか 「小樽」 にしようか散々迷ったけれど、やっぱり 「小樽」 にしました。

この 「漢の高祖」 というのは、私が卒業した高校の、ボート部の応援歌なんです。
威勢の良い他の応援歌に比べ、ゆったりとしたテンポで朗々と歌う 「漢の高祖」
では、お聴きください。

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     ↓

って、歌は無いのよ (汗)
歌詞はこんなんです。


  漢の高祖も  秀吉も
  天下取らなきゃ ただの人
  まして凡夫の ワシじゃもの
  オールとらなきゃ ただの人

  練習疲れて すやすやと
  オール枕に うたた寝の
  夢路たどれる 石狩の
  岸辺の灯 なつかしや




その他にも歌詞はあったはずだけど、忘れました。
地方の一高校でこんな (ちょっと格調の高い) 応援歌があったのが不思議だけど、どこかに元歌があるのかもしれない。
母校はボート部が強い時代があったらしく、わざわざボート部だけの応援歌があったという訳です。

これも応援練習で叩き込まれたから憶えてるんだけど、その他に、姉がボート部で、家で良く歌っていたので、自然に憶えたんですね。
小樽の高校なのに何故 「石狩」 かというと、当時のボート部の試合は、石狩川の下流である茨戸 (ばらと) という所で行われたからだと思うのよ。

他の応援歌も懐かしいけど、このゆったりとした滔々と流れる川みたいな 「漢の高祖」 
もう、今は歌われていないんだろうな。

北海道の間投詞

ずっと以前、 「小樽にあった、旧々北海ホテル」 という記事を書いたら、Yさんという方からコメントをいただきました。

あの池波正太郎が、「戦国と幕末」 という本で、新選組の永倉新八のお孫さんに会った話を書いるとのこと。
あわてて、佐久図書館から借りてきました。

小樽に住んで杉村義衛と名を変えた永倉新八の息子さんは、北海ホテルの専務取締役を務めて・・・・ と書いてある。
この北海ホテルは、私が幼い頃に見た、古色蒼然とした、でも格式の高い旧々北海ホテルに間違いないわ。

その後、池波氏は、新八のお孫さんが札幌に住んでいると聞いて会いに行っているのだが、そこに面白いことが書いてあったの。

お孫さん(杉村氏)は、 はなしの合間合間に 「イヤ、イヤ、イヤイヤ」 という間投詞をはさむのが癖であった。

これを読んでハッとしたの。
確かに、このお孫さんだけでなく、北海道の人って 「イヤ、イヤ、イヤ、イヤ」 って言う事が多いのよ。
北海道にいる親戚と話をしていると、みんな合間合間に 「イヤイヤイヤイヤ、そうなのさ~」 とか、人の話を聞いて相槌を打つように 「イヤイヤイヤイヤ」 って言う事が多い。
間投詞であり、感嘆詞でもあるんだわ。

もっとも私の知ってる北海道人は、小樽・札幌に片寄ってるから、全域で言うかどうかは???だけど。
表立って書かれているのを見たのは初めてだけど、内地の人からみると、ちょっと驚く口癖なのかもね。
さすが作家だわね。そこにちゃんと気付いて、文章にするんだもの。

そして私は今日も 「イヤイヤイヤイヤ、今日も疲れたわ  」 と言いながら、これを書いてます(笑)
Yさん、面白い本をご紹介下さり、ありがとうございました。

「ブラタモリ 小樽編」 を見て涙腺を刺激されようとは・・・

昨日、待ちに待った 「ブラタモリ 小樽編」
面白かったですねぇ、私も知らないことがいっぱい!!


ここからは、番組をご覧になった方しか分からないことを、勝手に書かせて下さいね。

タモリさん一行が訪ねる所が、ほとんど私のテリトリーだったの。
もう最高 

水天宮さんは、毎年のお祭りを楽しみしていたし、普段もしょっちゅう遊びに行った所。
確かに鳥居からグルッと回り込んで境内に入るんだけど、町の中心が移動した結果だとは全然知らなかったわ。
メルヘン交差点 (もちろん昔はこんな名前じゃなかったのよ) から3分ほど歩くと私の家があったし、運河も倉庫街も昔からお馴染みの場所だった。

いつもブラブラしてた水天宮下の繁華街。
あんな風に山を切り崩して作った町だったなんて、全然知らなかった。
ずっと向こう側には花園公園があって、そこから水天宮の鳥居までが高い丘だったのね。

あ、あのお店は缶詰屋さんで、小学校高学年の時に生まれて初めてコカ・コーラを買った所。
あの角のお店は、昔、福助の足袋を扱ってるお店で、店頭に福助人形が置いてあったっけ。

威圧感のある銀行の建物達には、残念ながら子供だったから入ったことが無かった。
入っておけば良かったなぁ。

それに、小樽って山の手と下町がハッキリしていて、高い所にはお屋敷があんなにあったのね。
私も友人たちも全員下町の住人だったから、そんな事ほとんど知らなかった。


こんな感じで感慨に耽っていると、運河保存運動の話。
小樽市を二分する大論争の最中、私はとっくに小樽を離れ札幌で青春を謳歌していたんだ。

あの頃、風の便りに、「運河埋め立て派と反対派が大論争」 って聞いてはいたけど、ほとんど気にも留めてなかったし。
だけど、頑張ってくれた人たちのお蔭で、今 年間 750万人 もの観光客が来てくれる一大観光都市になったんだ。
本当に本当に感謝だわ。

涙が出てきて・・・とまではいかなかったけど、熱い思いが湧いてきて 「ブラタモリの中でも最高のブラタモリだった」 と思ったんです。
来年帰ったら、絶対にあの辺りをフラフラ歩き回ろうっと。



夕方、雲の間から見えた浅間に、幾筋かの雪が!
初冠雪よね。
後2回降ったら、里にも雪が降るんだわ。

浅間の雪

小樽がブラタモリに登場でーす!

11月14日の土曜日放送のNHKのブラタモリは、小樽だそうです 

これは、小樽出身の私にとって、本当に嬉しいニュース。

朝に知ってから、実家、小樽の友人、子供たち、果てはお隣さんにまで知らせました 

ブラタモリは大好きな番組。
タモリがどんな風に小樽を取り上げるのか、興味津々。
尚、副題は 「観光地・小樽発展の秘密は『衰退』にあり?」 だって。

ご都合のつく方は、是非ともご覧ください <(_ _)>
ご都合のつかない方も、是非とも録画してご覧ください <(_ _)> <(_ _)>

11月 7日は 「札幌」
11月21日は 「軽井沢」

軽井沢まで来てくれるなら、ついでに佐久にも来てくれないかな。




朝、ブラタモリの話を聞いて喜んでいたら、その後、毎日お訪ねしているブログさまで、ネコちゃんが亡くなったと。
まだそのお宅に来てから日数が経っていないのに、やっと安心できるお家が出来たのに。
本当に辛いことです。
1日に2回ブログを書くのは、まり以来なんだけど、やっぱり書くことにしました。
もし宜しければ、前記事を読んでいただけると幸いです。

美味しかったよ! 小樽ビール

今朝の新聞に、

「善光寺(長野市)は2日、57日間にわたった御開帳(4月5日~5月31日)の参拝者数を推計707万7700人と発表した。前回2009年を34万人、約5%上回り、過去最多となった。」 (信濃毎日新聞)

という記事が載りました。

707万7700人って・・・
いくら何でも出来過ぎでしょう (笑)  この統計はどうやってとったんだろう?? と思った私。
よくよく読むと、この数字は

「奉賛会が毎日午前9時~午後5時に境内の駒返り橋で数えた人数、同寺が管理する駐車場の利用台数、本堂内陣参拝券の販売数などを総合的に勘案し、推計した。」

ということだそうです。
どちらにしても、ものすごい人数が、この2か月間に善光寺に参拝されたってことですよね。
これを機会に、長野にいらっしゃる方が増えると嬉しいです♪
来年は御柱祭もあることだし。


ところで、姉夫婦がお土産にこんなビールを持って来てくれました。
小樽ビールです。

小樽ビール1

どんなビール?と箱を開けると

小樽びーる2

青   ヴァイスタイプ (酵母の上面発酵により、フルーティな味)
白   ヘレスタイプ  (アロマホップが香るそふとでまろやかな口当たり。やや甘い)
緑   ピルスナータイプ (最高のアロマホップを使用、爽快な飲み心地) 
赤   ドンケルタイプ (4種類の麦芽のブレンドとドイツの伝統的な製法によって生まれるカラメルフレーバーが特徴)

とのことです。
何が何やら分からないけどハッキリ言えるのは、いつも飲んでる第3のビールと違って (これが本物のビールだ) って思ったこと。
あー美味しかった 

製造者 (株) アレフ  小樽市銭函3丁目263-19

こんなビールまで作って、小樽 頑張ってるのねぇ。感激だわ~ 

姉さんたち、どうも有難う!!



観楓会って知ってます?

昨日、「小樽の温泉旅館が火事になった」 っていうニュースをご覧になった方もいらっしゃるでしょうか。
私も見ていてビックリ!
どこだろう?

小樽市朝里にある 「宏楽園」 という温泉旅館でした。
宏楽園というと、私が小さい頃、家族でお花見に行った写真を見たことがあります。
それに、秋の観楓会。

「観楓会」(カンプウカイ) って内地ではあまり聞かないけれど、北海道では昔から秋の紅葉狩りのことを 「観楓会」 と呼んでいました。
小さな商店を営んでいた我が家は、秋になると社員総出で宏楽園に観楓会に出かけ、木の下に敷物を敷いて、お酒を飲み、ご馳走を食べ、大騒ぎしたんです。
小樽市民にとっては、本当に馴染み深い 「宏楽園」

その宏楽園が、火事になってしまった・・・
正直、大きくなってから出かけたことがないし、あそこが温泉旅館だったというのも初めて知ったくらい。
多分、広大なお庭を花見客、観楓会の客のために解放していたんですね。

悲しいニュースだったけど、本当に懐かしい名前を聞き、すっかり昔の小さい頃に引き戻された感じでした。
幸いにも死傷者もいなかったようだし、また再建してくれることを祈ってます。

小樽に確かにあった屋外プール

小樽生まれの私は、小樽の事を書いたブログ様をお訪ねすることが多いんだけど、誰も書いていないことがあるんです。

今でも小樽に行けば必ず立ち寄るのが、水天宮というお宮。

水天宮

丘の上に鎮座し、そこに立てば小樽港が一望の下に見下ろせます。
小さい頃から、私の大好きな場所で、3日間続く祭礼には、必ず行っていました。

その水天宮から、小樽港を目指して下りて行く急な階段があります。
「外人坂」 といい、途中の左側に、昔外国人が住む家があり、そこから名前がついたようです。

外人坂

とにかく急な外人坂。
多分、多分ね、左側のマンションの所に、かつて外人さんが住んでいたお屋敷があったんです。
私が小さい頃も、その家はあったような気がする。

その外人坂を下りてすぐの右側に、小さいプールがあったんですよ。
今思うと、プールといっても、やや広い湯船みたいな大きさで、中の水は緑の苔が生えていたような・・・
私は姉と一緒に行った覚えがあるんだけど、水に浸かるにはかなり勇気が要った気がする。

ご存じのように、小樽は海に向かって広がった町だから、泳ぎに行くのは専ら海。
プールで泳ぐ なんて選択肢は全然無かったんだけど、好奇心のせいか、「こんな所にプールがある」 って驚いて、ほんの数回行ってみたんですよ。

あれは夢か幻か、という感じなんだけど、先日姉と話していたら、やっぱり姉も憶えているって。
きっと小樽市が 「小樽に一つくらいプールというものがあった方が良いんじゃないか」 と思って作ったんじゃないかな。
あのプールの存在を知っているのは、私と同世代でおまけに近くに住んでいた人間しかいないんだろうな。

この時も、あの場所を見に行きたかったんだけど、とにかく坂が急過ぎる 
見ただけでクラクラするような感じで、絶対に転がり落ちること請け合いって感じで諦めました。
こんなところでも、年齢を感じますよね~ 

私の生涯初のプール。
あの思い出が強烈で、後年本物のプールを見た時には、本当にビックリしましたよ。

夢と消えた 「甲子園」

昨日まで、私は佐久からどういうルートで甲子園に行けるのか、一生懸命検索していました。

だってだって
我が母校が高校野球の南北海道大会で、決勝戦まで勝ち進んだんだもの

もう信じられないって。
私が在学中なんて、出ると負けの母校。
応援練習だけは、人一倍させられた母校。
それが道大会の決勝戦だなんて。

姉が2回は球場まで足を運び、「勝った勝った!」 と喜びの報告。
そのうち負けるよ、有り得ないよ、なんて言いつつ、

ええと・・佐久から甲子園までは新幹線だと約5時間で金額が 19000円 
ええ! これは無理、高過ぎだー !

高速バスだと値段は安いけど、かかる時間がなんと 10時間  
こんなに長時間バスに缶詰??
これってイギリス辺りまで行けないかい?

それでもソワソワ  
初めての甲子園、どんな所だろう?
あそこで聞く校歌 ♪ 
涙が出ちゃうかも・・・

そして今日、母校は1対0で負け、私の密かな楽しみは夢と消えてしまいました。
それでも良いんだわ~
決勝戦まで勝ち進んだんだもの。
もしかしたら、私の生きているうちに甲子園に行けるかもしれないもの。
そしたら、もっとバアサンになっていても、甲子園まで行くんだー 
監督さん、選手の皆さん、お疲れ様でした。

小樽の丸井さんと山一證券

ローカルのラジオを聞いていたら、デパートの屋上遊園地の思い出話で盛り上がっていた。
もちろん長野の話なので、どのデパートも私の知らないお店ばかり。
でも、どこでも共通しているのは、デパートに行くのは一大イベントで、最高の楽しみだったんだってこと。

私ももちろん同じで、小樽のデパート、特に丸井さんの食堂でご馳走を食べ、屋上遊園地で遊ぶのが最大の楽しみだった。
グルグル回るブランコに乗り、観覧車もあった気がする。

食堂で食べるのは、ある時は炒飯、ある時はホットケーキ。
ソーダ水を飲み、時々豪勢にプリンアラモードを頼む。
もうね、今思い出しても夢の世界みたい。

小樽に在った他の2つのデパート、ニューギンザデパートや大国屋デパートの食堂には家族で行った憶えがあまりないので、やはり丸井さんの食堂は特別だったんだ。

その丸井さんの向かい側に、山一證券の社屋があった。
屋上に建っている 「山一證券」 の大看板が良く目立つビルだった。

ちょうどその頃、山一證券は何かの問題を起こし、新聞やテレビで大騒ぎされていた。
私は丸井さんの食堂から山一証券の看板を見ながら (あんな大きな会社なのに大変なことになってるんだ・・・) と考えていた憶えがある。

あれから何十年、平成9年にとうとう山一證券は破綻してしまった。
(あんなに大きな会社だったのに、やっぱりダメだったんだ・・・)
あの時の社長の涙ながらの記者会見を見ながら、丸井さんの食堂で考えたのと同じようなことを考えていた。

丸井さんも小樽から去り山一證券も消え、あの通りはすっかり寂しくなってしまった。

去年帰った時、丸井さんの跡地に建っていたホテルも取り壊しの最中だったんだけど、先日とうとう更地になったそう。
跡地には病院と高齢者マンションが建つらしい。
あのアーケード通りに、昔の活気は戻れば良いんだけど。



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小樽にあった、旧々北海ホテル

小樽に住んでいた子供の頃、小樽駅から真っ直ぐ港へ下る大通りの左手に、立派な石造りのちょっと陰鬱な感じの建物があった。

あれが 「北海ホテル」 だということは何となく知ったのだが、とても気軽に入れるような雰囲気ではなく、子供心に (敷居の高い場所) という感じを覚えたものだ。

旧北海ホテル
この写真は竣工当時のもののようで、私が覚えている建物とは少し違う気もするんだけど、雰囲気は良く伝わっていると思う。

ホテル前の傾斜のある歩道沿いに、小さいクラシックな滑り出し窓がいくつも並び、そこから良い匂いが漂っていたので、あそこはレストランだったに違いない。

見るからに、小樽第一の高級ホテル。
当時、小樽には旅館はあってもホテルは他に無かったんじゃないかな。
その中で、威容を誇る北海ホテルは目を引いたものだった。

ずっと後になって読んだ、小樽出身の作家 伊藤整の 「幽鬼の街」 という小説にその北海ホテルが出てきて、思わず夢中になってしまった。

さすが作家だけあって、実にあの古い陰鬱な雰囲気が上手く描かれているのだが、一度あの中に入っておけば良かったと後悔してしまう。
でも何しろ子供だったから、親に連れて行ってもらう以外に入る術は無かったんだけど。

その北海ホテルがいつ取り壊されたのかさっぱり覚えていないのだけど、気付くとあの建物は無くなっていた。
その後、小樽の目抜き通りに新しい北海ホテルがオープン、私は一度だけスカイラウンジに行ったことがあるのだが、それが小樽に住んでいた頃なのか、もう札幌に引っ越した後だったのかも覚えていない。

色々調べると、新しい北海ホテルもそのうちに無くなって小樽グランドホテルになり、そのグランドホテルも取り壊され、高齢者施設が建てられるという。
あの小樽の目抜き通りにあったデパートもホテルも、オーセントホテル以外無くなってしまったわけだ。

それにしても、古い古い北海ホテルのデータが少ないことに驚いてしまった。
同年代の友人に聞いても、誰も覚えていないんだものねぇ。
あんなに目を引く建物だったのに。


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中学校の落成式

私の通った中学は、小さな敷地に小さな校舎。
校庭と名の付くものは、ロの字型の校舎に囲まれた、コンクリートの小さな空き地。

当然、体育祭もスポーツ大会も、バスで行く別の場所で行われた。
これではいけないと学校関係者も市関係者も思ったのだろう、2年生から3年生にかけて、改築工事が行われたのでした。

様々な不便を我慢しつつ、やっと新校舎が出来た時は嬉しかった・・・ような気がする。
落成式は全校生徒出席のもと、大々的に行われました。

最上階に作られた体育館の舞台には、様々なグラデーションの薄布のカーテンが何重にも吊るされ、綺麗だったんですよ~
神主さんが来て祝詞をあげ、生まれて初めて 「もうぅぅぅーー」 という声を聞いて、笑いを堪えるのに必死だった中学生たち。

そして催し物として用意されていたのが、当時、NHK合唱コンクールで金賞を獲った小樽市立桜陽高校合唱部の素晴らしい演奏でした。

何かの宗教曲だったと思うけど、それはそれは素晴らしい合唱で、(高校の合唱部の実力って半端ないわ) と思ったものです。

神道とキリスト教とゴチャ混ぜの落成式だったけど、あの式はハッキリと記憶に残っています。
その中学校もずっと以前に廃校になり、今はお隣の私立高校の付属中学になりました。
小樽に行って、あの建物の前を通ると、思わず体育館のあるはずの最上階を見上げてしまうんです。

住中


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北帰行その10 札幌に向かって帰ります

おはようございます 
祝津の朝は格別でした。

朝食は和定食を選びました。
まず試飲の3種のドリンク。
これも飲み放題です。
祝津朝食2

こっちが食事ね。
祝津朝食
左上のイカのお刺身、コリッコリで美味しかったぁ。

たっぷり食べた後、チェックアウトです。
きっかり32000円(2人分)でしたよ。
いやあ、満足なホテルでした。

ホテルノイシュロス小樽から坂を少し下りると、「パノラマ台」 があります。
そこからの景色の見事なこと!

岬の突端にある紅白に塗られた灯台が 「日和山灯台」
その右側にある赤い屋根が、「鰊御殿」
手前の海際に広がるのが 「小樽市水族館」 です。

祝津パノラマ台

鰊御殿
鰊御殿

ここがヨットのための堤防。
あの隙間から海に乗り出して行ったんですよ。
ヨットハーバー

海岸に並ぶ海鮮物のお店。
でもね、何だか寂しいの 
昔はもっともっとお客さんも多くて、店先でツブ貝を焼いたりして賑わっていたのに。
祝津の店



お店の前の海。

♪ う~みよ~ わたしの~う~みよ~ ♪

いっくら見ていても、見飽きませんねぇ。
昔ここには、貸しボート屋さんがあったんだけど。
海よ~私の海よ~


さあ! 私の小樽旅行は終わりました。
これから札幌目指して帰ります。

列車の窓から小樽を望んだところ。
遠くに見える岬が、さっきまで居た祝津です。
さようなら~ 
列車から小樽を望む

これは、途中の張碓(はりうす)にある 「恵比寿岩」
張碓には、昔、駅があったんだけど、いつのまにか廃駅になってしまったみたい。
普段は人っ子ひとりいない駅だったけど、夏の間は海水浴客が大勢降りたんだけどね。
恵比寿岩辺りの海は、本当に綺麗なんです。
張碓 恵比寿岩

今回の旅行、メインはあくまでも小樽(と親孝行)
佐久にいた時に、どうやって歩こうか、どこで何を食べようか、どんなお土産を買おうかと、何度もシミュレーションを重ねてきたんです。
かなり蒸し暑くはあったけど、ほぼ目的は達成できました 

欲を言えば、花園公園、北海製罐、旧日本郵船、鉄道博物館、その他いーっぱい行きたい所はあったけど、もう年だもの仕方ないわねぇ。
いつかまた行けることがあったら、その時に期待しましょう。

皆さんも小樽に遊びに行ってみて下さい。
そして、その時には運河だけ見るのではなく、ぜひ一泊してあちこち彷徨ってみて下さい。
とっても素敵な場所がたくさんある町なんですよ。


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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

リンクはお気軽に。

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