本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

小樽の 「入船市場」 の取り壊しが始まったそうなんだけど

北海道の友人からメールが。

入船町にある入船市場の取り壊しが、始まったらしいって。

ガガーン 

この市場は本当に懐かしい市場で、小さい頃、いつも買い物かごをぶら下げて買い物に着いて行った所なの。

当時は本当に活気のある大きな市場で、魚はみんな、さっきまで生きていたような新鮮さ。

各店を裸電球が照らしていた、ちょっと薄暗かった大きな市場。

中は縦横に通路が伸び、魚屋さん、肉屋さん、八百屋さん、お菓子屋さん、お惣菜屋さん。
とにかくいっぱいのお店がズラリと並んでいて、うっかり手を離そうものなら、迷子になってしまいそうな市場だったのよ。

あの市場がねぇ・・・・
駐車場も無い街の中にある市場だったから、今の時代には合わなかったのよね、きっと。
私もたまに帰った時、新南樽市場ばかり行ってしまったもの。
申し訳ないことをしてしまいました。

あの辺りは私の幼い頃からのテリトリーだったんだけど、最近、車の移動にすっかり慣れてしまっている私は、あの辺りを全然歩いていなくて、来年に帰った時にはもうあの市場は無くなっているのね。

残念です。

「小樽 大雪 消えて行く市場」

何だか、一篇の詩が出来そう。 
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あれが、ウグイス谷だよ

小学校の5年生の時、札幌見学旅行に行きました。

行く何日も前から、クラスでは色々大変!
バスの席順を決めたり、「旅のしおり」 を作ったり。

今、覚えているのは、バスには1シートに3人が座るべきだとか、侃々諤々の議論をしたこと。
最終的には、2人掛けになった気がするんだけど、一クラス50人くらいいた私たち、乗り切れたのかな?

今でも同じだけど、旅行って行く前の準備段階が一番楽しくない?
バスの中で歌う歌とか、バスの通るルート沿いの見どころとか、さまざま書いた 「しおり」 を貰って、もうドキドキ。

当日、学校の前に何台ものバスが止まり、決められた通りに乗り込んで、いざ出発 

札樽国道 (国道5号線) を一路札幌に向かいました。
この道は、父の運転でしょっちゅう走っていたけど、クラスメイトとのバスの旅というと、一味もふた味も違います。

左側に海を見ながら大きくカーブし、下に緑深い谷のある所では、
「ここは~ ウグイス谷でございま~す」 とバスガイドさんが教えてくれました。

へええ、ここは 「ウグイス谷」 って言うんだ。
これは初めて知った事で、こんなことを知るのも、見学旅行ならではだわ。
山の方に見える、規則正しくアーチが並んだ建造物は、「手稲鉱山」 だったし。
いつも、(あれは何だろう?) と不思議だった私は、それを聞いて納得したのです。

札幌に着いてからは、「北海道新聞社」 で、ものすごい勢いで回る輪転機に驚き、 「雪印」 では、お土産にアイス最中をもらい、
あとは確か、放送局を見た気がするけど、ハッキリした記憶は無いのよ。

6年生になると、洞爺湖への一泊旅行だったんだけど、あの時は列車で行った気がするの。

途中、白老でアイヌコタンを見たり、洞爺湖の駅で降りて、宿の客引きのオジサンたちに驚いたり。
煙を上げている昭和新山に上り、後でその時のスナップ写真を見て、自分の足のカッコ悪さに悲しくなったり。

小学校6年生と言えば、女子は思春期に差し掛かった難しいお年頃でもあったんですよ。
あれこれ楽しく、ほろ苦くもあった小学校の旅行。
今の子供たちも、やっぱり同じ気持ちなのかな。

小樽市内見学

小学校の4年生くらいの時、小樽市内の色々な施設を見学した時がありました。

行った所は、市役所、消防署、裁判所、
その他にも行ったのか、忘れてしまったのか憶えてないのよね。
何しろ徒歩だったんだから、そんなに色々回れたとは思えないんだけど。

記憶に残っているのは、消防署と裁判所。

消防署は、3階の仮眠所から1階の車庫まで数本の棒が通っていて、ジリジリジリ・・とベルがけたたましく鳴ると、消防士さん達がその棒に掴まってスルスルとあっという間に消防車の所まで滑り降りるんです。

確か実演してくれて、私は口をアングリと開けて、見惚れた覚えがあります。

そして裁判所。
我々は傍聴席に座り、目の前で行われる現実の裁判を傍聴したんです。

どんな裁判だったか、多分軽微な犯罪だったんでしょうけど、大勢の小学生の目に晒されて裁判を受ける身にとっては、辛いものだったろうな、と思うんですよ。

小学生の頃の記憶って、結構長く残るものなんですね。
あの裁判を傍聴したからって、(将来、あんな風になってはいけない) などと思った記憶も無いんだけど、若い男の人だった被告が目の前に入ってきた光景は、今でも良く憶えています。


ところで、これは佐久市の菜種で作られた菜種油です。
先日、知り合いにいただきました。

菜種油1


佐久市瀬戸にある、「楽農倶楽部・菜の花部会」 さんが、瀬戸で育てている菜の花から採れた菜種油です。

特徴は、
〇遺伝子組み換えではありません。
〇油の酸化を防ぐ、ビタミンEが豊富
ということです。

菜種油2

生食でも加熱でも、いけちゃう優れものみたい。
有難くいただこうと思います。

全国の 「市町村魅力度ランキング」 で、小樽が4位!!

小樽の友人が教えてくれました。
全国の 「市町村魅力度ランキング」 で、小樽が4位になったそうです!

ヤッタネ 

都道府県別好感度ランキングでは、北海道がダントツの1位。
市町村別では、1位が函館、2位が京都、3位が札幌、4位が小樽、以下、横浜、富良野、鎌倉、金沢、神戸、別府と続いています。

これは嬉しいニュースだわ~

この調査を行ったのは、
「株式会社ブランド総合研究所」 で、国内1,000の市区町村及び47都道府県を対象に、認知度や魅力度・イメージなど、全77項目からなる「地域ブランド調査2016」、とのことです。

色んな会社があり、色んな調査が行われているんですねぇ。

もっともっと、小樽に観光客がいらして下されば良いな。
そして、小樽の魅力を全国の皆さんに喧伝していただきたいものです ♪


ところで、今日はボランティア合唱がありました。
今までは、決まった所に行っていたんですが、今日は初めての場所。

集まって下さった十数人のお客様を前に、歌って踊っての1時間。
最後には、そこで作ってくださったホカホカのお弁当を頂いて帰りました。

我がボランティア合唱団が始まって1年と少し。
だんだん、活動範囲が広がっていくんですね。
月曜日にも別の所にお呼ばれしてるし、頑張らなくっちゃ 

帰省の旅その4 小樽運河近辺と 「消防犬ぶん公」

旧日本郵船の近くには、北運河があります。
北運河は、完全に観光地化された辺りとは違って、昔ながらの運河の雰囲気を残してるの。
プラプラと歩いてみました。
北運河

左に見える大きな建物は、「北海製罐」 の社屋です。
今は明るい色に塗りかえられましたが、以前はもっと陰鬱な感じの茶色っぽい色でした。
この建物も好きなんです。
北海製缶社屋

小樽が生んだプロレタリア作家・小林多喜二の 「工場細胞」 のモデルになった会社なんですよね。

その近くにある北海製罐の工場です。
北海製缶倉庫

この部分は、出来上がった缶詰を下に降ろす為だと、何かで見ましたよ。
何でだったろう??
北海製缶スロープ

北運河には、漁船もたくさん係留されていました。
ライトがいっぱい付いているから、イカ漁船かな。
小樽沖には、夜になるといっぱいの漁船がライトを煌々と点けて並ぶんですよ。
漁船

近くの「運河プラザ」前にあった、「消防犬ぶん公」の像です。
ぶんこう

「ぶん公」 って、こういうワンコです。
ぶんこう説明版

私は全然知らなくて、あるブログ様のところで知ったのよ。
こんなワンコがいたなんて、当時は聞いたことがなかった。
せめて、学校ででも、こういう話を教えてくれれば良かったのにな。
当時で24歳まで長生きしたなんて、ぶん公は幸せなワンコだったのね。
胸が温かくなるお話です。
ぶんこう写真

もっとお天気が穏やかだったら、近くの遊覧船乗り場から、オタモイ海岸までの遊覧船に乗りたかったの。
でもとっても無理でした。
帰省の旅 小樽編は終わりです。
明日からは、札幌編に移ります。
もう少し、お付き合い下さいね。

帰省の旅その3  私はここへ行きたかった!!「旧日本郵船小樽支店」

今日は、今回の小樽行きの目玉、 「旧日本郵船小樽支店」 を見ていただきたいんです。
郵船全体
どうです、この威容!!

かつて、ここは 「小樽市立博物館」 でした。
明治37年着工、明治39年竣工の重要文化財です。
設計者は、佐立七次郎です。

昭和31年に小樽市立の博物館になった所で、私は小学校の頃から何回となく訪れていました。
行くときは、ほとんど一人。
考えてみると、私の博物館・資料館好きの原点は、ここなんですよね・・・・(遠い目)
あああ、懐かしい。

私が小樽から離れている間に博物館としての役目を終え、「旧日本郵船小樽支店」 として、一般に開放されています。
入館料は300円ですよ。
「写真を撮っても良いですか?」 と聞くと 「どうぞどうぞ、どんどん撮ってください!」 ですって。

ここは、入ってすぐにある受付です。
郵船1

こちらは、中から見たところ。
郵船2
鼈甲色の机も柱も椅子も、素敵ですよね~

こちらは階段。
郵船3

2階に上がると、廊下が伸びています。
廊下
この辺りに来ると、胸がキュンキュン鳴るのよ 

博物館の頃、この廊下にも大きなガラスケースが置かれ、色々な動物や鳥の剥製が飾られていました。
ヒグマ、オオカミ、キツネ、タヌキ、その他諸々。
いつ行っても同じ展示で、特別展なんて開かれてる訳でも無かったのに、とにかく何回も行ったの。
あの黴臭い古めかしい匂いが、今でも忘れられません。

ここは 「日本郵船小樽支店」 だったから、様々な会議が開かれたりしたんです。
こちらは貴賓室。
貴賓室

そしてこちらは、2階の会議室。
明治39年に、樺太の日露国境画定会議が開かれた場所です。
食堂

いかがでしょうか、旧日本郵船小樽支店。
あんまり思い入れの深い建物なので、本当に懐かしかった!
小樽に行かれることがありましたら、是非とも訪ねてみて下さいね。


帰省旅行その2  小樽いろいろ

砂場のお蕎麦をたらふく食べて、ものすごい風の中を歩く私。

ここは、旧永井町(ながいちょう)、今は住吉です。
長井町

私はこの辺りで育ちましたから、見るもの見るもの懐かしい所ばかり。
ご覧になっても、興味のない写真でしょうが、ちょっとお付き合いください。

ここは、小さな公園。
私がチビの頃も公園でした。
それがある日、「商工会議所」 というビルになってしまったんです。
我々子供がガッカリしたかどうか覚えていないんですが、遊び場が一つ無くなってしまったのは確かです。
それが、いつの間にか元の公園に戻っていたという訳です。
公園

どんどん坂を下り、入舟町に入ります。
そこから坂を上ると、今でも仏壇屋さんの多い、ここは 「職人坂」 と呼ばれています。
職人坂

その坂を上りきると、右側は水天宮への道。
水天宮へ

水天宮!!
どうしても行きたかったんだけど、ものすごい風と、小樽築港から新南樽市場までの長~い道のりに疲れ切って、諦めました。
あーあ、年は取りたくないわ。

さて、進路を左にとり、函館本線の線路を渡ると 「はなぞのはし」
線路

すると、ミツウマのアーチが迎えてくれます。
みつうま

この辺りは、しょっちゅう母と姉と一緒に行き来していた所。
このお店は、昔 「福助」 を扱っていた衣料品店でした。
建物が、そのまま残っているのよ。
福助

そこから花園銀座に入ります。
特筆すべきは 「工藤書店」 の閉店。
工藤書店

こんなお知らせが貼ってありました。
挨拶状

小樽で育った人なら、誰でもお世話になったはずの書店。
あの伊藤整も、ここに出入りしていた、老舗中の老舗です。
本当に残念だわ。

こちらは、馴染み深い喫茶店 「コロンビア」
コロンビア

中に入って、ホットココアをいただきました。
昔とちっとも変っていません。
こんな喫茶店、今やなかなかありませんよね。
もっと広いんだけど、お客様がいて撮れませんでした。
小樽でゆっくり休みたかったら、コロンビア、お勧めですよ。
コロンビア内部

帰省旅行その1 「喜来登」と小樽と 

無事に帰ってまいりました。
行ってみると荒れ模様 、帰ると同時に晴れ 
ついていない私でございます。

去年と全く同じ、着いたその日に狸小路6丁目へ。
ハイ、これを食べに行きました。 
「喜来登」 の味噌ラーメン 
  ↓
きらいとらーめん

相変わらず美味しいんだけど、絶対にこれだけは言える!
去年より、量が多い!!!
去年は母もペロリと完食だったのに、今回は私でさえも食べきれなかったぁぁぁー
スゴイぞ、喜来登。



そして翌日、念願の小樽へ。
朝起きると札幌は土砂降り 
ちょっとね、諦めようか・・・・って気持ちもあったのよ。
でも、せっかく帰って来たのに、小樽に足を踏み入れない訳には絶対に行かないもん。

すると、私の念力が通じたのか、小樽に近づくと雨が止んできたのよ
その代り、ものすごい風で、海は大荒れ。
その中を、フェリーが出航して行きました。
船は大揺れだろうなぁ。
フェリーと荒海

まずは小樽築港。
ここには、私が必ず寄る 「新南樽市場」 があるんですよ。
ここで、家へのお土産を調達するのが恒例なの。
相変わらず、生きの良い魚介類がワンサカ。
新南小樽市場

市場2

あれもこれも欲しいけど、ここは仕方ない、タラコ等だけど頼みました。
ここの良いところは、市場内なら、違うお店の品も同梱してくれること。
私は深沢肉店の燻製を入れてもらいました。

それから向かったのは、南小樽駅前の、このお店。
以前にもブログに載せた 「砂場」 です。
すなば

一応メニューを見て
すなばメニュー

まあね、最初っから決めてたんだ。
大きなエビ天が乗った 「天ぷらそば」 ね。
ここは、「田舎蕎麦か更級蕎麦かどっち?」 って聞かれるので 「田舎蕎麦ー!」

天ぷらそば
ちょっと写真の向きがおかしいけど、揚げたての特大エビ天がジュウジュウいいながらやってきました。
お汁も美味しいし、もちろんお蕎麦も美味しい。
満足満足 

すみません。
まだまだ小樽は続くんだけど、あんまり長くて今日のところはこの辺で。
最後におまけで、喜来登の後に立ち寄った、北海道庁の見事な姿をご覧ください。
道庁2

道庁

ちょっと奥さん、北海道は寒いんですってよ

来週、帰省します。

楽しみ楽しみ♪

昨日書いた、モスグリーンのTシャツも、帰省用の精一杯のお洒落 

その他、手持ちの服をあれこれと組み合わせ、2日目はこれ、3日目はこれ、っていう具合に段ボールに詰めてるの。
こういう時間が楽しいのよね。

ところが、天気予報&実家からの電話によると、雨でジメジメしてて本当に寒いんだって。
蝦夷梅雨っていうんだって。

そんなぁ。
北海道には梅雨は無いはずでしょう???
蝦夷梅雨とかって、そんなの聞いてないよ 

だって、気温が15度とかなのよ。
いくらなんでも、寒すぎでしょう。

今日の佐久は30度で、太陽ギラギラ 
当然私は、真夏モード。

段ボールに詰めた夏服を恨めしく見つめ、それでもどうしても着たいからシャツをヒートテックにしてみたり、腕カバーを入れてみたり。

小樽をどういう道順で回るかも、大体シュミレーションできたし、札幌でどこに行くかも決まったし、後は何とかお天気が回復して暖かくなってくれるのを祈るのみ。
それにしても、段ボールひと箱が全部服って、どういうことかね。


私の中学校が・・・・

私が卒業した中学校は、今から数十年前に閉校。
その後、お隣にある私立高校の付属中学校になっていました。
住吉中学校


今日、小樽の事を細かく書いて下さってるブログ様を読むと、何とその私立中が募集を停止するんだそうです。
何でも、発足当初から定員に満たず、今年は最低だったとのこと。
これでは仕方ありませんね。

でも、あの思い出の校舎はどうなってしまうんでしょう。
盛大な落成式に、桜陽高校の合唱部が来て、素晴らしい合唱を聞かせてくれた校舎。

思い出すと、最上階にある体育館から、避難訓練で太い布の筒みたいなシューターを外に落とし、一人一人降りる訓練をした思い出も。
シューターは垂直に落ちて、そこに飛び込んで行くわけ。
今思うと、ものすごく怖かったはずなのに、周りが何も見えなかったので、平気で滑り降りたの。

私はクラスで一番チビで、前のクラスの1番大きな男子がシューターに吸い込まれていった後、スタンバイしていたら、いつまで経ってもゴーサインがでない。

あれ?と思ったら、前の男子が途中で引っかかっていたのよね。
確か、消防団の人がシュートをバフバフと揺すって彼は無事落下 (← こんなもんかい!) いよいよ私の番。
途中で止まりもせずに、無事に着地しました。

色んな思い出が詰まっている校舎、今度帰ったら、また見に行こうかしら。

子どもの頃、深~く後悔したこと3つ

小樽での小学校時代の頃、(こんなことをしなきゃよかった。。。。) とい深く後悔した事が3回あったの。

1回目

多分小3くらいの時、校庭の片隅にある鉄棒でのこと。
当時、膝の裏に鉄棒を挟み、下にブランとぶら下がるのがクラスで流行っていたの。
チビでドンくさかった私はそれが出来ず、それでもチャレンジしてみたかった。
人に見られるのが恥ずかしかったので、放課後に誰もいない校庭で思い切ってぶら下がった私。
そして、真っ逆さまに下に落ちました、 ブギュッ!
頭と顔を打って痛かったのよ~、
こんなことやらなきゃ良かったって、深~く後悔。


2回目

やっぱり小学校の時、姉とその友人たちに混じって、あるものすごく急な坂の横の崖を上り始めたの。
それが急なんてもんじゃない!
私は先にどんどん登ってゆく姉達のお尻を見ながら
ヤモリみたいに崖に張り付いたまま泣きそうになっていた。
あ~あ、なんでこんな事始めちゃったんだろ。
深~く後悔。
その坂は小学校の近くで、今は 「赤坂」 という名前で知られ、舗装はされたけれども、相変わらずの急坂みたい。


3回目

当時、夏休み期間に水泳講習会があり、近くの蘭島海水浴場へ汽車で通っていたの。
鄙びた駅から海に向かう道すがら、トマトが成っている畑があったのね。
みんな、赤く実ったトマトをいただいて、丸かじりしながら歩くのがブーム。
正直言って、生のトマトが大の苦手だった私。
だけど、みんながあんまり美味しそうに食べるから、(もしかしたら、本当に美味しいのかも・・・) と思って、目をつぶる思いでガブっとかぶりついた。
その途端、 
あー、止めときゃ良かった。やっぱり超美味しくない!
だけど、今度ばかりは頂き物だし、食べかけのトマトなんて友達に上げる訳にいかないし、文字通り必死になって食べ終わった。
それ以来、今に至るまで生のトマトは苦手。

小樽っていうと、あの深い後悔にとらわれた時のことが忘れられないのよ。
何でも、3回痛い目に遭わないと懲りない性格は、昔からだわ。

「あずましくない」 のは嫌だよ~

なんと! この私が銭太鼓を演じることになりました。

曲は 「てんてんてまり」

♪ てんてんてんまり てんてまり~  てんてんてまりの てがそれて~ ♪  っていうあの歌。

先生役の方が仰るには、これが一番簡単なんだって。

この日はちょっとした集まりがあるんだけど、ちょうど昼食時間だからと、オードブル盛り合わせを頼もうってことになって。

だけど、私は言いたいの。

盛り合わせって、ハッキリ言って私みたいな遠慮深い人間には、本当に取りずらいのよね。
1人1人前ずつの物が無いと、最後まで空きっ腹のままで終わっちゃいそう。

そういうのって あずましくないのよね~ 

そう言おうとして、ハッとした私。
北海道民の私には 「あずましくない」 は当たり前の言葉だけど、これってバリバリの方言なんだわ。

この言葉を共通語では・・・・  ええと、なんて言えば良いの??


「あずましい」 = 「落ち着く」 「気が張らない」 「ユッタリできる」 「安心出来る」

「あずましくない」 = 「落ち着かない」  「気が張る」 「ユッタリ出来ない」 「安心できない」

こんな感じかな。

もっと他に、 これはそんな意味じゃない! こうだろう!!! って方もいると思うんですよ。

移民で出来ている北海道のことだから、日本のどこかに同じ言葉を使っている所があるかもしれないですね。

それはそうと、私の 「あずましくない」 気持ちが通じたのか、一人ずつのお食事も頼むことになりました。
ああ、良かった~♪

観ましたよ! 鉄腕ダッシュ in 小樽

昨日午後7時、TVの前でスタンバイ。
いよいよ 「鉄腕ダッシュ」 小樽市でご当地PR!ソリで名所坂を下る! の始まりです。
ワクワク 

これから先は、例によって番組をご覧になった方しか分からないかも。
申し訳ありません。



番組が始まると同時に、いきなり小樽PRコーナーが始まりました。
まず、城島さんと山口さんが、木製のソリ製作のお手伝いです。
立派なソリが出来上がりました。
小さい頃、こういうソリは、小樽のあちこちで見られたんです。

さて、1番目の坂は 「一尊庵の坂」
この坂は、残念ながら私は知らないんですよ。
港の景色が良く見える坂でした。

2番目は 「五百羅漢の坂」
ここは任せて下さい! バリバリ私の守備範囲です 
何しろ、この坂の途中の学校に通っていたんだもの。
母校も出てきて大感激。
すぐ前にあった先生御用達のお蕎麦屋さんは、コンビニになってました。

ここは、近所の皆さんの声援を受けて、城島が滑りました。
最後に 「龍徳寺」 というお寺さんにゴール。
ここには、日本最大の木魚があり、お坊さんが叩いてくれました。
そこまではさすがに知らなかったわ。

そして3番目の 「水天宮の坂」 です。
ここはもっと任せて  
ここは私の家のすぐ近だったんだもの
何度も上っていた、ものすごくキツーーイ坂です。
ここは余りにも傾斜が急なためでしょう、途中から滑っていました。
夏に頂上から見た坂です。
今の私じゃ、とっても無理だに~

水天宮から相生町へ

小樽の皆さんの応援や、可愛い 「運がっぱ」 、美味しいお寿司や熱々の あんかけ焼きそば。
どれをとっても、本当に懐かしくて嬉しい企画でした♪
鉄腕ダッシュさん、城島さん、山口さん、小樽を取り上げてくれて本当に有難うございました。
ぜひとも、泊りがけで小樽に来てくれるお客さんが増えることを、心から願っています。


日曜日の 「鉄腕ダッシュ」 に、小樽が出ます!!

今度の日曜日 2月7日に 「ザ!鉄腕!DASH!!」 の  

「DASH ご当地PR課 ~北海道小樽市 冬の坂道をソリで滑ってPR~」

で、TOKIO の城島さんと山口さんが、木製ソリで小樽の坂を滑るそうです。

これは絶対に見なければ!!

皆さんも、お時間があればご覧になって下さい。

最近、小樽がTVで取り上げられることが多くて、本当に嬉しいです ♪

2016年02月04日 | 小樽 | トラックバック(0)件 |

小樽の 「霧が丘」 は今どうなっているだろう?

相変わらず寒さが続き、雪はちっとも融けず、おまけに今日明日は最大の寒波が来るそうです 
ちょっと横道に入ると、車を轍に取られないように、細心の注意を払っての運転。
疲れるわ~

ここから先は、小樽でのスキー授業の思い出です。


小学校時代、冬の体育はスキー授業で、小さな体にナップザック、肩にはスキーを担いでスキー場まで歩いて行ったの。

学校を出ると、すぐに急な坂。
そこから延々と登り坂を歩き、国道を渡り、神社横の坂を上り、ただひたすら歩き続ける。
あれはどこをどうやって通ったんだろう。
途中の右側に飴の工場があり、甘い匂いが漂ってきたっけ。

今になっても、一体何という所を通ったのかさっぱり分からないのだけど、辿り着いた所は通称 「霧が丘」 というすり鉢状になった場所だった。

そこはただの丘で、リフトなどは全く無く、先生の号令一下、子供たちはスキーを履き、横向きになってスキー板を細かく動かして斜面を登っていく。
そして、直滑降とかボーゲンなどで滑り下りるのだ。

授業時間は大体2時限、かなり滑ったところで、また学校までトコトコと、いや、スキー靴を履いていたと思うからザックザックと帰るのだ。

それから普段通りの授業を受けたのだから、一体どれだけ体力があったんだ! と自分を褒めてあげたいわよ。
時にはザックにお弁当を入れ、その寒いスキー場で食べたりもしたっけ。
母手作りの冷え切ったおにぎりが、とても美味しく感じられた。

そうそう、忘れられないのは背中に入れたタオル。
長いタオルを背中に入れて首の後で外側に垂らし、その上にシャツ、セーター、ジャンパーを着込むの。
いくら寒い屋外とはいえ、あれだけ歩くと汗が出るのよ。
その時、そのタオルをスーッと引き抜くと、それはそれは気持ちが良いのよね。

あの頃を思い出して、今でもお風呂上がりで汗をかいた時なんかにタオルを入れて引き抜くと、あの霧が丘スキー場での気持ちよさを思い出すんですよ。

あの 「霧が丘」 
地図で見ても、それらしい所が見つからない。
もう名前も変ってしまったのかもしれないけど、いつか訪ねてみたいと思ったりするのよね。
今の子供たちは、まさかあんなスキー授業は受けていないわよね。
あんなに小さい頃からスキーのメッカ小樽で滑っていたのに、一向に上達しなかった私って一体・・・・・

今年の夏には、霧が丘探索ツアーに行けるかな。

応援歌 「漢の高祖」

カテゴリを 「音楽」 にしようか 「思い出」 にしようか 「小樽」 にしようか散々迷ったけれど、やっぱり 「小樽」 にしました。

この 「漢の高祖」 というのは、私が卒業した高校の、ボート部の応援歌なんです。
威勢の良い他の応援歌に比べ、ゆったりとしたテンポで朗々と歌う 「漢の高祖」
では、お聴きください。

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って、歌は無いのよ (汗)
歌詞はこんなんです。


  漢の高祖も  秀吉も
  天下取らなきゃ ただの人
  まして凡夫の ワシじゃもの
  オールとらなきゃ ただの人

  練習疲れて すやすやと
  オール枕に うたた寝の
  夢路たどれる 石狩の
  岸辺の灯 なつかしや




その他にも歌詞はあったはずだけど、忘れました。
地方の一高校でこんな (ちょっと格調の高い) 応援歌があったのが不思議だけど、どこかに元歌があるのかもしれない。
母校はボート部が強い時代があったらしく、わざわざボート部だけの応援歌があったという訳です。

これも応援練習で叩き込まれたから憶えてるんだけど、その他に、姉がボート部で、家で良く歌っていたので、自然に憶えたんですね。
小樽の高校なのに何故 「石狩」 かというと、当時のボート部の試合は、石狩川の下流である茨戸 (ばらと) という所で行われたからだと思うのよ。

他の応援歌も懐かしいけど、このゆったりとした滔々と流れる川みたいな 「漢の高祖」 
もう、今は歌われていないんだろうな。

北海道の間投詞

ずっと以前、 「小樽にあった、旧々北海ホテル」 という記事を書いたら、Yさんという方からコメントをいただきました。

あの池波正太郎が、「戦国と幕末」 という本で、新選組の永倉新八のお孫さんに会った話を書いるとのこと。
あわてて、佐久図書館から借りてきました。

小樽に住んで杉村義衛と名を変えた永倉新八の息子さんは、北海ホテルの専務取締役を務めて・・・・ と書いてある。
この北海ホテルは、私が幼い頃に見た、古色蒼然とした、でも格式の高い旧々北海ホテルに間違いないわ。

その後、池波氏は、新八のお孫さんが札幌に住んでいると聞いて会いに行っているのだが、そこに面白いことが書いてあったの。

お孫さん(杉村氏)は、 はなしの合間合間に 「イヤ、イヤ、イヤイヤ」 という間投詞をはさむのが癖であった。

これを読んでハッとしたの。
確かに、このお孫さんだけでなく、北海道の人って 「イヤ、イヤ、イヤ、イヤ」 って言う事が多いのよ。
北海道にいる親戚と話をしていると、みんな合間合間に 「イヤイヤイヤイヤ、そうなのさ~」 とか、人の話を聞いて相槌を打つように 「イヤイヤイヤイヤ」 って言う事が多い。
間投詞であり、感嘆詞でもあるんだわ。

もっとも私の知ってる北海道人は、小樽・札幌に片寄ってるから、全域で言うかどうかは???だけど。
表立って書かれているのを見たのは初めてだけど、内地の人からみると、ちょっと驚く口癖なのかもね。
さすが作家だわね。そこにちゃんと気付いて、文章にするんだもの。

そして私は今日も 「イヤイヤイヤイヤ、今日も疲れたわ  」 と言いながら、これを書いてます(笑)
Yさん、面白い本をご紹介下さり、ありがとうございました。

「ブラタモリ 小樽編」 を見て涙腺を刺激されようとは・・・

昨日、待ちに待った 「ブラタモリ 小樽編」
面白かったですねぇ、私も知らないことがいっぱい!!


ここからは、番組をご覧になった方しか分からないことを、勝手に書かせて下さいね。

タモリさん一行が訪ねる所が、ほとんど私のテリトリーだったの。
もう最高 

水天宮さんは、毎年のお祭りを楽しみしていたし、普段もしょっちゅう遊びに行った所。
確かに鳥居からグルッと回り込んで境内に入るんだけど、町の中心が移動した結果だとは全然知らなかったわ。
メルヘン交差点 (もちろん昔はこんな名前じゃなかったのよ) から3分ほど歩くと私の家があったし、運河も倉庫街も昔からお馴染みの場所だった。

いつもブラブラしてた水天宮下の繁華街。
あんな風に山を切り崩して作った町だったなんて、全然知らなかった。
ずっと向こう側には花園公園があって、そこから水天宮の鳥居までが高い丘だったのね。

あ、あのお店は缶詰屋さんで、小学校高学年の時に生まれて初めてコカ・コーラを買った所。
あの角のお店は、昔、福助の足袋を扱ってるお店で、店頭に福助人形が置いてあったっけ。

威圧感のある銀行の建物達には、残念ながら子供だったから入ったことが無かった。
入っておけば良かったなぁ。

それに、小樽って山の手と下町がハッキリしていて、高い所にはお屋敷があんなにあったのね。
私も友人たちも全員下町の住人だったから、そんな事ほとんど知らなかった。


こんな感じで感慨に耽っていると、運河保存運動の話。
小樽市を二分する大論争の最中、私はとっくに小樽を離れ札幌で青春を謳歌していたんだ。

あの頃、風の便りに、「運河埋め立て派と反対派が大論争」 って聞いてはいたけど、ほとんど気にも留めてなかったし。
だけど、頑張ってくれた人たちのお蔭で、今 年間 750万人 もの観光客が来てくれる一大観光都市になったんだ。
本当に本当に感謝だわ。

涙が出てきて・・・とまではいかなかったけど、熱い思いが湧いてきて 「ブラタモリの中でも最高のブラタモリだった」 と思ったんです。
来年帰ったら、絶対にあの辺りをフラフラ歩き回ろうっと。



夕方、雲の間から見えた浅間に、幾筋かの雪が!
初冠雪よね。
後2回降ったら、里にも雪が降るんだわ。

浅間の雪

小樽がブラタモリに登場でーす!

11月14日の土曜日放送のNHKのブラタモリは、小樽だそうです 

これは、小樽出身の私にとって、本当に嬉しいニュース。

朝に知ってから、実家、小樽の友人、子供たち、果てはお隣さんにまで知らせました 

ブラタモリは大好きな番組。
タモリがどんな風に小樽を取り上げるのか、興味津々。
尚、副題は 「観光地・小樽発展の秘密は『衰退』にあり?」 だって。

ご都合のつく方は、是非ともご覧ください <(_ _)>
ご都合のつかない方も、是非とも録画してご覧ください <(_ _)> <(_ _)>

11月 7日は 「札幌」
11月21日は 「軽井沢」

軽井沢まで来てくれるなら、ついでに佐久にも来てくれないかな。




朝、ブラタモリの話を聞いて喜んでいたら、その後、毎日お訪ねしているブログさまで、ネコちゃんが亡くなったと。
まだそのお宅に来てから日数が経っていないのに、やっと安心できるお家が出来たのに。
本当に辛いことです。
1日に2回ブログを書くのは、まり以来なんだけど、やっぱり書くことにしました。
もし宜しければ、前記事を読んでいただけると幸いです。

美味しかったよ! 小樽ビール

今朝の新聞に、

「善光寺(長野市)は2日、57日間にわたった御開帳(4月5日~5月31日)の参拝者数を推計707万7700人と発表した。前回2009年を34万人、約5%上回り、過去最多となった。」 (信濃毎日新聞)

という記事が載りました。

707万7700人って・・・
いくら何でも出来過ぎでしょう (笑)  この統計はどうやってとったんだろう?? と思った私。
よくよく読むと、この数字は

「奉賛会が毎日午前9時~午後5時に境内の駒返り橋で数えた人数、同寺が管理する駐車場の利用台数、本堂内陣参拝券の販売数などを総合的に勘案し、推計した。」

ということだそうです。
どちらにしても、ものすごい人数が、この2か月間に善光寺に参拝されたってことですよね。
これを機会に、長野にいらっしゃる方が増えると嬉しいです♪
来年は御柱祭もあることだし。


ところで、姉夫婦がお土産にこんなビールを持って来てくれました。
小樽ビールです。

小樽ビール1

どんなビール?と箱を開けると

小樽びーる2

青   ヴァイスタイプ (酵母の上面発酵により、フルーティな味)
白   ヘレスタイプ  (アロマホップが香るそふとでまろやかな口当たり。やや甘い)
緑   ピルスナータイプ (最高のアロマホップを使用、爽快な飲み心地) 
赤   ドンケルタイプ (4種類の麦芽のブレンドとドイツの伝統的な製法によって生まれるカラメルフレーバーが特徴)

とのことです。
何が何やら分からないけどハッキリ言えるのは、いつも飲んでる第3のビールと違って (これが本物のビールだ) って思ったこと。
あー美味しかった 

製造者 (株) アレフ  小樽市銭函3丁目263-19

こんなビールまで作って、小樽 頑張ってるのねぇ。感激だわ~ 

姉さんたち、どうも有難う!!



プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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