本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

「信濃の国」 作詞者の権利

思いがけなく長野県に移り住んだのが3年前。
それ以前から長野には、県歌「信濃の国」があるというのは知っていた。

きっかけは、軽井沢在住の推理作家 内田康夫の「信濃の国殺人事件」を読んだことから。
その本の中に、うろ覚えだが ”長野には県民全員が歌える県歌がある。何か行事があると歌われ、長野県人会などでも歌われる。県歌でここまで県民に知られている歌は、他の県にはない”というような文があったと思う。

引っ越してから、私は会う人毎に「信濃の国」について聞いてみた。すると確かに皆が知っているのだ。
お歳を召した方の中には、「昔、運動会で女学生が全員で踊るのが恒例だった。それは見事なものだった。」と懐かしそうに言う。

さぞかしどこででも聞けるのだろうと期待したのだが、それが案外機会が無いのだ。
今は、昔のように行事の度に歌われるという事が減り、歌えない人も増えてきたとも聞いた。
東京の友人にも「信濃の国、聞いてきてね!」と言われたのに、がっかり。


さて、その「信濃の国」だが、作詞は 浅井洌、作曲は 北村季晴。

5番の歌詞に注目してほしい。(4:00辺り)

 朝日将軍義仲も~~~
 仁科の五郎信盛も

となっているのだが、仁科の五郎の名前は本当は「盛信」なのだ。
多分、浅井洌さんが”盛信”を”信盛”と覚えてしまったのだろう。
確かに ”信盛”の方が納まりが良い感じがするものね。
発表した後も誰も気づかなかったのか、そのまま流布されたのだと思われる。

今では誰もが間違いに気づいているのだろうが、作詞者がこの歌詞にした以上、勝手に直すことは許されない事になっているのだろう。作詞者の権利なのだろうか。
こういうちょっとした秘密も込められた「信濃の国」
長野県は観光立県を目指しているそうだが、こんな立派な宝を持っているのだから、どんどん活用すれば良いのにと思っている。

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大変な事ばかりの日だけど、良いこともあった

ちょっと気の重くなる用事で、昨日から一泊で東京まで出かけた。
グッタリしながら帰途につく途中、関越道 高坂サービスエリアで昼食休憩

うちは犬連れのドライブなので、家族が交代して食事をしたのだが、先に主人に食べてもらいバトンタッチ。こういう時はやっぱりラーメンでしょう!という訳で680円也のラーメンを食す。
醤油味で、大きなチャーシューとたっぷりのメンマとネギ、半分卵の中々おいしいラーメンに満足。

と、どこからか声がする。
思わず辺りを見回すと、土産物を売っているオジサンと目が合ってしまった。
一人もお客さんがいないお店。何を売っているんだろう?

気になった私は、ラーメンを食べ終わるとフラフラとそのお店を覗きに。
「磯揚げ まる天」という蒲鉾のお店だった。

ちょっとひやかしのつもりだったのに、あんまり美味しそうであれこれ見る羽目に。
結局、「つどい」という1050円の詰め合わせを買ってしまった。

これが美味しいの。
中身は、「帆立天・きんぴら天・海鮮かきあげ天・海老ねぎ入り・じゃがバタ天・たまねぎ天・たけのこ天」  
これだけ入って1050円はお得でしょう。
それも結構大きい。

高坂サービスエリアね。
今度からここを贔屓にすることにしよう。

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北海道拓殖銀行

私が北海道を離れたのは、今から30年以上前。
思えば本当に昔のことだ。
困ったことに自分ではそれだけの年月が経ったことが、さっぱり実感できない。
今浦島状態だ。

私が離れた後、北海道にも色々な出来事が起きているのだが、最も実感できないのが拓銀の破綻だ。
「そんな昔の話をいつまで言ってるの?」と言われるのだろうが、これは本当のこと。
明治時代に、北海道を開拓するために殆ど官営の銀行として発足して以来、ずっと北海道の代表的銀行として君臨し続けてきた「北海道拓殖銀行」。

私の育った小樽では、色内町の一角にどっしりとした姿の小樽支店があった。
ここは、かの小林多喜二が勤めた所としても有名だ。
子供には銀行など足を踏み入れる機会も無く、ただあのどっしりとした威圧感のある建物を見上げていたものだ。

とにかく拓銀というのは、他の平銀行(失礼!)とは一線を画した格調の高い、お高くとまった銀行というイメージだったのだ。

その拓銀が今はもうない。それが今浦島の私には、どうしても納得がいかないのだ。
例えば新銀行東京はあれだけのひどい決算を出しても存続し続けているのに、何故拓銀は潰れてしまったのか。
JALはあれだけの大赤字を出しているのに、何故政府が助け続けているのか?
拓銀は見せしめにされたんじゃないのか。

どうにも遣る瀬無い気分になる。
札幌の大通に威容を誇っていた拓銀本店に至っては、建物さえ残っていないという。
拓銀が抱えていた膨大な行員は、みんなどうなってしまったんだろうか。

どっちにしても、今北海道に帰っても、大通りの角にあったあの建物はもうないのだ。
それを見た時、私はようやく拓銀がこの世から無くなってしまったことを納得するのだろうか。

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文学史上

去年、今年と文学史上で驚いたことがあった。

まず去年は、太宰治と松本清張の生誕100年であったこと。

これには驚いた。

学生時代から、太宰治は文学史上の重要人物であり、すでに歴史的人物だった。
かたや松本清張は、私が大人になった時点でも新聞に連載を持ち、大活躍していた現役作家だったので、この2人が同い年とは到底思われなかったのだ。

太宰治も松本清張も、一時期夢中になって読んでいた作家だったので、驚きもひとしおだった。

太宰で一番好きな作品は?と問われれば、やはり「津軽」だろうか。
あの作品につられ、金木の太宰の実家まで泊まりに行ったのも、なつかしい思い出だ。
私が泊まったのは、2階にある元応接室だった。
金ぴかの部屋に絨毯、そこに布団を敷いて寝る、という奇妙な体験だったが、あの時にしか味わえない体験ではあった。

太宰といえば、三鷹が終の棲家だったわけだが、三鷹には私の親戚が住んでいて、行こうと思えばあの頃まだ残っていたかもしれない太宰ゆかりの建物も玉川上水も行けたのに、ついぞ訪れる事もなかったのは本当に悔やまれることだ。

おまけに、今年は斜陽日記ゆかりの「大雄山荘」(斜陽日記を書いた太田静子が暮らしていた山荘。そこへ太宰が訪ねて行き、静子が書いた斜陽日記を元に≪斜陽≫が書かれた訳だ)が不審火で焼けてしまった。

ここも友人と「1度行ってみたいね」と話していた所だったので、遅きに失してしまった。
人間、これをやりたい、ここに行きたい と思ったら、迷うことなく行動することをお勧めする。


松本清張の作品で強く印象に残っているのは「黒い福音」
これは戦後すぐに起こった、スチュワーデス殺しを題材にした推理小説だが、事件の現場や状況など事実に即して書いているので、非常に興味を持ち、地図を片手に歩いたりしたものだ。

これに限らず松本清張の作品の中には、事実を小説化したものが多く、非常に興味をそそられるものが数多くある。もとよりあくまでも小説であり、事実そのものではないのだが、こういうジャンルを確立した第一人者だと思う。


そして、今年の文学史上、最も驚いたこと。
「蟹工船」の小林多喜二の永遠の恋人、田口タキさんが亡くなったことだ。


小林多喜二も私が学生時代には既に文学史上の人で、おまけに私の故郷 小樽の出身であり、当然のこととして田口タキさんもとうの昔に亡くなってしまった人だと勝手に思っていた。

私は田口タキさんのことを思うと、作家として一世を風靡したような人間とかかわりを持ってしまった女性の複雑な立場を考えざるを得ない。
小林多喜二と知り合ったがゆえに、彼女の写真も(その美貌!)その決して明るいとは言えない過去も、全て白日のもとに曝されることになってしまったのだから。

今だったら週刊誌が大騒ぎし、あることないことまで書き立てられてしまっただろう。
彼女は多喜二と結婚することはせず、ひっそりと生き抜いて家庭を持ち、ひっそりと亡くなったのだ。

できることなら誰にも知られることなく、静かな生活を望んでいたかもしれないのに、未だに「小林多喜二全集」には彼女の写真も彼女の生い立ちも、隠すことなく載せられている。

そういう自分を、タキさんはどう思って生きたのだろう。
時には彼女の話を聞きたいという人も現れたようだが、彼女は固く取材を断ったようだ。
でも心の中には、作家 小林多喜二の作品に生き方にも影響を与えたというプライドを、ほんの少しでも持っていたのだろう。

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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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