本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

明日は佐久のお墓参り

今日も暑い1日でした。
朝早くから、広報で 「暑くなるので、熱中症には十分注意してください」 なんて放送が流れていました。

例によって、午後1時過ぎの1番暑い時間に車で牧場に行き、お散歩を済ませてから家に飛んで帰って、クーラーのスイッチをオン。
暑いよ~  暑いよ~

ただ助かるのは、夕方になるとスイッチを切っても何とかなること。
これは信州の長所ですねぇ。

本当はやることがいっぱいなんだけど、暑すぎてとても出来ない。
庭も道路沿いの植え込みも雑草がいっぱいなんだけど、草刈りなんてやる気になれない。
下手したら倒れちゃうしね。

そう言えば、5年日記が届きました♪
日記1

姉に聞いて、同じのをアマゾンで頼んだんです。
我ながら、どこまでシスコンなんだい!! と思うんだけどね (笑)

届いた日記をニカニカしながら開けてみます ♪
日記2

日記3

一生懸命、書くんだ~~ 



ところでこの暑さの中、明日は佐久のお墓参りです。
8月1日のお墓参りは、ここら辺独特の風習ですね。
これについては以前に書いたので、お読みいただけると嬉しいです。 ⇒  「佐久の風習」

今年は土曜日になるので、大勢の方がお墓参りに行かれることでしょう。
熱中症にならないように、くれぐれも気を付けていただきたいものです。


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午前様の不良娘が締め出されて

今朝未明のこと、暗い部屋の中に床を、ガリガリ引っ掻く音が響き渡った。

殆ど熟睡状態だったんだけど、あの音を聞いた途端

アッ!すずが癲癇になってしまった 

ゾッとして飛び起きた私より先に、夫が気付いてドアを開けました。
そこには血相を変えたすずが。

ベッドに飛び乗ったすずの呼吸が荒い。
体もブルブル震えている。
水を持ってきてやると、ガブガブと飲みまくります。
結局、落ち着くまで、かなりの時間がかかりました。

夜、私が寝るときには、居間でウトウトしているすずに、必ず 「もう寝るからおいで」 と声をかけるんだけど、夏になってから、一緒に来なくなったんです。 
だから寝室のドアを少し開けて、いつ来ても良いようにしてるんだけど、昨夜に限って風で閉まってしまったようです。

すずは自分からドアをガリガリするタイプじゃないんだけど、今回は耐えかねたのでしょう。
どれだけドアの前で待っていたのかと思うと、本当に可哀想なことをしました。

・・・・と思ったけど、声をかけた時にちゃんと来れば良いのよねぇ。
「この不良娘」 なんてふざけて呼んでいたけど、今夜からは無理やりにでも連れて行こうと思います。

あのガリガリ音を聞いた途端に、まりの発作を思い出してしまった私。
やっぱり忘れられないんですよねぇ。



あのね、アタシ締め出されたの。
御前様すず2




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クーラーを持ってきて本当に良かった!

信州は避暑地?
いえいえ、そんなことはありません。
ここ連日、ものすごい暑さです。
今日の佐久なんて、36度よ  

太陽がギラギラ照り付け  アスファルトは熱々。
すずの散歩も、クーラーの効いた車で牧場に乗り付け、落葉松の中を歩いて出すものを出したら早々に帰る毎日です。

まだ7月だというのに、こんなに連日クーラーを使う事って無かったんですよ。
今までは、1シーズンにせいぜい4日くらいで済んでいたの。
それが今年はもう、5日くらい連日で点けてます。
我が家の居間は西側に面しているから、午後からの暑さときたら炎熱地獄みたいなんですよ~

このクーラーは東京から持ってきたもの。
引っ越しの時、信州では要らないだろうから置いて行こうかと本気で考えていたの。
ただ、買ってからそんなに経っていなかったので、勿体ないので荷物に入れたんです。
こちらで取り付けてくれたお兄ちゃんも 「使わないですよ、こちらでは」 と言っていたのよ。
それがこんなにフル回転だなんてねぇ。

最近の暑さのニュースを見ていると、大袈裟に言うと今までの生き方を変えなくちゃ、と思うようになりました。
クーラー代をケチって熱中症で死ぬより、使うものはキッチリ使おうと思ったんですよ。
前は、クーラーを使ってると腰の具合も悪くなるし・・・ なんて使わない理由にしてたけど、そんな問題じゃないわよね。
生きるか死ぬか、って問題だものね。

38度だの39度だのってニュースを見ると、どうか利用できるものは利用して、しっかり夏を乗り切って下さい、と言いたいです。
くれぐれも無理をしないように、この夏を乗り切りましょうね。

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5年日記をつけようと思うの

疲れは2日後に出るというけど、私の場合はまだまだ帰省疲れが抜けず、お昼になると爆睡してしまいます 
おまけに、今日久しぶりに体重計に乗ってみると、600gも増えてるし・・・・

無理もないわよね。
ラーメンに、ジンギスカン食べ放題に、ホテルのディナーだもんね。
これからせっせとダイエットに励まなくちゃ。

ところで、私は決心したんです 
5年日記をつけようと。


原因は、去年の帰省の時と今年の飛行機の時間が、かなり違ったこと。
手帳にもきちんと書いていなかったの。
日頃の生活の事でも心覚えに書いておけば、絶対に役に立つはず !

その他にはね、姉がね、10年日記をつけてたのよ~
私があれこれ言うとサッとそれを持ち出して、スラスラと答えてくれるわけ。

どっちにしても、小さい頃から姉の真似ばかりしていて、しかも全て長続きしなかった私。
また同じことになる予感がしないわけでもないんだけど、(これは絶対に、これからの人生の指針になるのよ) と確信している訳なんです。

例えば
去年は何月何日にコタツをだしたんだろ? 
この使い勝手の良い品物は、どこでいくらで買ったんだろ?
お中元は何を贈ったんだっけ?

こういう事が、たちどころに分かるのよ。
すごい優れものじゃない?

もちろん、私の性格を知っている家族は猛反対するから、まだ言ってないのよ 
姉は10年だけど、いくら何でもそれは身の程知らずだと思って、5年にしようと思ってるんです。
頑張りますからね~


今回、北海道のお土産で喜ばれたもの。
トラピストバター

トラピストバターです。

函館近郊の当別にある 「当別トラピスト修道院 厳律シトー会・灯台の聖母修道院」 という修道院で作られているバター。
昔から有名で、なかなか手に入りにくいバターなんだけど、何と千歳空港に置いてあったんですよ。

この記事を書くのに、この修道院のHPを見たけれど、こんな厳しい生活を送っている方がいらっしゃるんですねぇ。
20時就寝で、3時起床ですよ。
驚きました。
興味を持たれた方は、「当別トラピスト修道院 厳律シトー会・灯台の聖母修道院」 で検索してみて下さいね。

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帰省の旅  ホテルノイシュロス小樽

天狗山に上った後、小樽駅前に迎えに来てくれたバスに乗って、祝津のホテルノイシュロス小樽に向かいました。

いつも一緒にいない分、母との付き合い方がいま一つ分かってない私。
例えば、一緒に歩くのでも、ゆ~っくりゆ~っくり歩くのって結構大変。
介護職に就いてらっしゃる方の大変さが、ちょっとだけ分かりました。

暑さに疲れて、足がしょっちゅう止まってしまう母を見て、
(これは今日ホテルに行くのは無理かもしれない。小樽から札幌までタクシーを飛ばしたら、いくらかかるだろう?)
それでもホテルの部屋に入ると、元気を取り戻してくれたのでホッとしたわ。

このホテルに泊まるのも、もう3回目。
同じ宿に3回も泊まった事は無いけど、ここは期待を裏切りません。
ほてる

相変わらず、眺めの良いお風呂。
おふろ

チェックインして、すぐにひとっ風呂浴びて、スッキリしました。
母も、この時点で元気回復♪
そして、ここの楽しみの夕食です。
例によってメニューを見ながらズラズラと載せていきますね。


後志産蝦蛄とセロリのグラス仕立て、パテを添えて
食事1

道産ホッキ貝のサラダ仕立て、色彩豊かな野菜の共演
でぃなー5

厚真町産 桜姫鶏で挽いたコンソメスープ、ポワローと黒胡椒のアクセント
でぃなー3

近海で獲れた黒カレイ、白ワインソース、余市産ホワイトアスパラと共に
でぃなー4

自家製ハーブでマリネしたラム肩ソース肉の低温調理
でぃなー2

4種のハーモニー
でぃなー1

アアア、指が疲れるぅ・・・・
とにかく、とっても美味しかったんです 
これだけ食べて、食前にシャンパン1杯がサービスでついて、お値段 15,120円 (税込)
絶対にお得でしょ?

最後に祝津のパノラマ台からの眺めを。
ぱのらまだい

絶景よね~
懐かし過ぎて、キュンキュンしちゃう (笑)

翌日は、小樽築港の新南樽市場で買い物をして、一路家路につきました。
本当に充実した4日間、やっぱり故郷は良いよねぇ。

お読みいただき、本当に有難うございました。
少しでも、北海道旅行の参考にしていただけたら嬉しいです。



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帰省の旅  いよいよ小樽の天狗山へ

着いた日には狸小路でラーメン、翌日は北海道開拓の歴史巡り、その次の日は母への親孝行。
母のたっての希望で、小樽市の背後にそびえる天狗山に行きました。

これが天狗山。
冬のスキー場として有名で、昔はシャンツェもあったんですよ。
てんぐやま

頂上まではロープウェイで上がります。
ミシュランガイドで1つ星だって!!
ろーぷうえい

上りはC国の方で超満員、本当にかしましいこと!
だけど、おかげで小樽が賑わうんだから有難いと思わなくちゃねぇ。

あっという間に頂上に着き、小樽の街をゆっくりと眺めます。
おたるてんぐやまからの

母と2人で 「あれが花園公園、あれが住吉神社、じゃああれが量徳小学校の後に出来た市民病院、多分あの辺が南小樽駅」
と言い合うのも楽しかった♪

頂上には、「小樽スキー資料館」 と 「天狗の館」 というのがあるんですよ。
すきーはくぶつかん

スキー資料館には、札幌オリンピックのユニフォームなどが展示されてました。
おりんぴっく

こちらは、天狗の館
てんぐのやかた
ウーン、微妙 (笑)

麓には、「小樽グラススタジオ」 というガラス工芸屋さんもあり、綺麗なガラスを見るのも目の保養。
ぐらすすたじお

すたじお内部

母は今まで、天狗山に上りたいなんて言った事は無いんですよ。
これも親孝行よね。

私にとっての天狗山は、余り良い思い出がないの 
中学の時には、マジに麓から登らされ、上りも下りも地獄だったよ~
高校3年の時には、1回限りのスキー授業。
天狗山って本当に急なの 
ドンくさい私は、絶対にリフトにも乗らず、麓のロッジで友人とお喋り。
だってだって、ロッジの回りでさえ恐ろしいような傾斜なんだもの、誰が滑りますかって!!

さて、天狗山から小樽駅に戻り、一昨年も昨年も泊まったホテルに、今年も向かいました。
おたるえき

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帰省の旅  「ペケレット湖園」でジンギスカン食べ放題 

新十津川記念館、樺戸集冶監と回った後、お楽しみの 「ペケレット湖園」 に、ジンギスカンの食べ放題に行きました。

ペケレット湖園の説明は、お箸袋でお読みください。
箸袋せつめい

これは、昔のペケレット湖園を上空から撮影したものです。
みずうみ

珍しい、私有地にある湖なんですよ。

入り口に着きました。
ぺけれっと入口

ここに来るために、長野から予約したんだもん♪
ワクワク 

ぺけれっと建物

案内された席は、屋根と網戸が付いた屋外でした。
期待が高まる~
せってぃんぐ

ここは食べ放題で、野菜と (ニンジン、ニンニクの芽、カボチャ、ジャガイモ、ピーマン、こんにゃく)
やさい

お肉と
にく

ジャガバタと、おにぎりと、昆布茶が付いてます。
このジャガバタが本当に美味しかった!
ホクホクしていて、最高。

お姉さんが遠くから見守っていて、お肉も野菜もタレも、少なくなったな?と思ったらすかさず持ってきてくれました。
焼きますよ~
やくところ

炭火でジックリと焼いていきます。
3人で食べる食べる。
だって、朝食の後、町村農場で牛乳を飲んだだけで、今は午後3時。
この為にお腹を空かせていたんだもの。
やっぱりジンギスカンは最高ね 

ここのタレは甘みが少なくて、とても美味しかった。
私の好みは、白いおにぎりをタレにつけて食べることなんですよ。
昔から、このスタイル。

たーっぷり食べた後は、湖畔の遊歩道を散策します。
庭

湖の見える所まで行きました。
湖2

本当はグルッと一周したかったんだけど、母に留守番を頼んでいることもあり、15分ほどで戻ってきました。
庭から見たレストランです。
庭から見た建物

昔は3階まで使っていて、お客さんもいっぱい来たらしいけれど、今は予約客だけを受け入れていて、ゆったりと商売をされているようです。

私がペケレット湖園を知っていたのは、小学生の時に1度だけ家族で来たから。
湖畔の道を歩いていたら、湖の岸に馬がいたのを夢の様に憶えていたからです。
名前を忘れてしまっていて、PCに様々なキーワードを入れて探す探す。
やっと探し当てた時は、感激もひとしおでしたよ(笑)
ジンギスカンとしては高めの3800円だけど、ここは行く価値アリです。

驚くことに、ここは札幌市内
北海道札幌市北区篠路町篠路425
011-771-2416

これから北海道行きをお考えの方、ぜひ訪れてみてください。
車が無いと厳しいんだけど・・・・

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帰省の旅  「樺戸集治監」 に行きました

新十津川町記念館を出てから、今度は次なる目的地 「旧樺戸集冶監」 だった月形樺戸博物館へゴー!
ここも絶対に行きたかった所の一つだったんです。

札幌から新十津川に向かう道路沿いに残っている、樺戸集冶監本庁舎。
今は 「月形樺戸博物館」 として見学できます。
1かばと

かばと3

樺戸集冶監は、明治14年、北海道最初の監獄として主に政治犯などを収容するために作られました。
この地を選定したのが、初代典獄 月形潔。
彼の名前をとって、この地は月形と名付けられたそうです。

樺戸集冶監と言えば1番有名なのが、本庁舎に残されたこの石段。
いしだん2

余りの磨り減り方に、「足に重りを付けられた囚人が行き来したから、こんなに磨り減ったのだ」 という説が広がったようですが、ここは事務を取り扱う本庁舎で、囚人はここを通らなかったそうです。
それにしても、この磨り減り方は石が柔らかかったせいでしょうかね。

本当に残念なことに、ここは内部撮影はNGで写真がありません。
中には色々興味深い展示がいっぱいあったのにぃ~~
足に4Kgの鉄玉を付けて歩いてみるとか、囚人たちが枕にした丸木を叩いて起されるのを体験できるとかね。

当時の明治政府は、囚人を人間と考えておらず、とにかく過酷な労働を強いたようです。
死ねば代わりはいくらでもいる、という考えだったんでしょう。
移動の時には編み笠を被せられ、赤い着物を着せられ、足には鉄丸という重しを付けられました。
もちろん、内役という監獄内労働もあったとのこと。
外役は主に道路開削で、北海道の開拓は囚人労働あってのものだったんですね。
今の三笠市から旭川までの上川道路、樺戸集冶監と空知集冶監を結ぶ峰延道路の開削は、困難を極めた工事だったようです。

当然、囚人たちは、あまりの重労働にバタバタと倒れて行きました。
集冶監から少し離れた所に囚人墓地があったけれど、残念ながら立ち寄る時間がありませんでした。

そうそう、この集冶監には、新選組の永倉新八が剣術師範として赴任していたそうです。
また囚人の中には、武州秩父で起きた 「秩父困民軍」 の受刑者もいました。
秩父で生活に困窮した彼らは上州に動き、上信県境の峠を越えて佐久方面に攻め入り、結局、南佐久郡馬流という所で政府軍に負け、殺されたり捕縛された人がいたんです。
こんなところで、北海道と佐久の関係があったなんて、思いもよりませんでした。

この集冶監については、調べれば調べるほど書かなければいけない事がたくさんあるんですが、私ではとても全ては書ききれません。
吉村昭氏が 「赤い人」 という本を書いていらっしゃるので、ぜひお読みになってみて下さい。

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帰省の旅  新十津川町の話を聞いてください!

ラーメンを食べた翌日、上天気の下、私を乗せた車は、札幌から札沼線沿いに北へ向かいました。
札沼線は、今は 「学園都市線」 なんてカッコいい名前になっているけれど、私が学生の頃は、桑園駅と新十津川を結ぶ国鉄の路線だったんです。

途中で立ち寄った 「町村農場」
ここは、つい先日亡くなった自民党の町村信孝氏のご先祖が作った農場です。
知る人ぞ知るという感じで、チラホラと観光客もいらしてました。
まちむらのうじょう

ここは定番の牛乳でしょう!という訳で1本ゴクリ。
ああ、美味しい。
まちむらぎゅうにゅう

さて、ここからは一路、新十津川町に向かいます。
何しろ予定が目白押し、モタモタしている場合ではないんですよ。
それにしても、走っても走っても着かない。 
あれ? こんなに遠かったっけ??

新十津川は、夫の祖父が北海道に入植した土地なんです。
「新十津川に行ってくる」 と私が言うと、夫の目の色が変わりました。
「よーく見て来てよ」 
ガッテンだ!!

やっと着いた 「新十津川町開拓記念館」
司馬遼太郎氏などが 「街道をゆく」 に書かれているし、確かドラマにもなったはずなのでご承知の方もいらっしゃると思うけれど、ここは明治22年、奈良県の十津川村から何と2489名もの人たちが集団移住した土地です。
その中の一人が、夫の祖父だった訳です。
しんとつかわきねんかん

明治22年8月、奈良県十津川村を大水害が襲いました。
死者168人、家の流失610戸、田畑も山林も被害を受け、村の4分の1が全滅という大惨事。
すいがいしゃしん

被災した人々は北海道に移住を決意、同じ年の11月から3回に分けて神戸港から船に乗って小樽に向けて旅立ったのです。
この早さにも驚きますね。

人々は小樽から滝川に行き、そこからトック原野、今の新十津川町に辿り着きました。
今でも新十津川の人は十津川村を 「母村」 と呼び、深い交流があります。
数年前、十津川村が水害に見舞われた時、新十津川から助っ人が行ったとニュースで流れていましたよね。
ぼそん

記念館の中はお宝展示物が満載だったんだけど、個人的に1番ググッときたのは、これ。
「新十津川村移住当時の区画図」
細かい区画割をじっくり見ていると、あったんですよ、おじいちゃんの名前が!!
名前だけしか知らなかった人が、本当にここに来て開拓して住んでいたんだ・・・と思うと、何とも言えない感覚になりましたよ。
くかくわりず
係の方の話によると、全員がまったく同じ大きさに土地を分けたそうです。

これは、母村に鎮座していた玉置神社を勧請した新十津川神社の幟です。
たまきじんじゃ

そして、これ。
母村を離れるときに持って来た旗のようです。
菊の御紋が付いてるんですよ。
とつかわそんき

十津川郷は古来勤王の志が篤く、朝廷の信頼も篤かったと言われています。
それが、この御紋章の使用を許された要因なのでしょう。
村旗せつめい

移住民は教育にも熱心で、明治24年には小学校を建てたそうです。
だって、まだ必死に開墾を始めて2年目ですよ。
頭が下がりますね。
がっこう

そして最後には、日曜日にしか開いていない収納庫に案内してくださいました。
たまたま団体さんの見学があったので、開いていたそうです。
ちょっとブレてしまったけど、みんなが実際に使っていた物が所狭しと並んでいて、この黴臭い雰囲気もよいですねぇ。
しゅうのうこ

係の方もとっても感じが良くて、写真を撮っても良いか聞くと 「どうぞ どうぞ」 って快く許可してくれたし、色々説明もしてくれたし。
昭和30年代の調査では、全町民のうち十津川移民の血筋を引く人は10%台だったとか。
係の方自身も 「私はここの生まれじゃないから」 と仰ってました。
それでも母村との繋がりが保たれているって、自分の町の歴史を大事にされてるんですね。
一度見ておきたかった所だったので、大満足でした。


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帰省の旅  札幌ラーメン 喜来登 (きらいと)の巻

やっとデジカメのケーブルが届きました。
早速PCに取り込むと、100枚以上の写真が!
私、こんなに写したっけ??
とりあえず、時系列でいきますね 

着いたその日の夕食は、札幌狸小路のラーメン店 「喜来登」 へ。
私、昔ながらの札幌ラーメンが食べたくて、ネットで必死に調べたのよ~
ここは古くからあるお店らしいんだけど、私は全然知らなくて。
実家全員で出かけました。

帰省しても、小樽にばかり行ってた私は、札幌の中心街を歩くのが本当に久しぶり。
相変わらず、清々しく賑わっていました。
テレビ塔も大通公園も、お久しぶり 

てれびとう

それからどんどん南へと進みます。
ここが狸小路、いやあ懐かしいわぁ。

たぬきこうじ

アーケードの中に入って、6丁目まで歩きます。
狸小路、人がいっぱいよ。

たぬきこうじ2

ありました! 喜来登です。
へええー、こんなお店があったんだ。

きらいと

中に入ると、時間が早かったのか空いてました。

 きらいと2

反対側には、いっぱいの色紙。
特に、藤井フミヤさんがこのお店をご贔屓にしてるらしく、色紙が4枚もありました。

きらいと3

正直言って、あんまり色紙を飾るお店は好みではないんだけど、このお店の接客は本当に感じが良かった。
女将さんらしき人が奥から飛び出してきて、丁寧に挨拶をしてくれました。

さて、何にしようか。
メニューきらいと

シンプルなメニューですよね。
昔の札幌ラーメンは、こんな感じだったと思うのよね。
結局、口コミで一番評判が良かった 「みそラーメン」 700円也に決定。
私につられて、全員がみそにしましたよ。

待っていると、奥の厨房からニンニクの良い香りが漂ってきて、期待が膨らみます。
そして、やってきました みそラーメン!

ドドドーンと、見よ!このネギタワーを。

らーめん

女将さんが 「下の方が味が濃くなっているので、混ぜて食べて下さいね」 って。
みんな、ネギタワーを崩しながら麺を引っ張り出し、汁をかき混ぜて食べます。
ウーン、美味い  うまいぞ 
黄色くて硬めのプリプリ麺。
やっぱり、ラーメンはこうでなくちゃ。

「このネギ、一人1本ずつくらい使ってない?」 なんて言いながら全員完食です。
ネギはかなり水にさらしているらしく、全然辛くもないし水っぽくもありませんでしたよ。
こんなにネギを使った札幌ラーメンは食べたことがないけど、お味は確かに昔懐かしい札幌ラーメンでした。

全員が大満足でお店を出ようとすると、女将さんが飴を一人2個ずつ手渡してくれました。
来年、また必ず来ますからね。

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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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