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長野県 佐久の風習 1.

北海道に生まれ育ち、東京周辺で30年余を過ごし、佐久に越して来てから丸3年。
日本は狭いようで広い と実感する毎日です。
身の回りで気付いた事を、少しずつ書いていこうと思います。


① 8月1日は、お墓参りの日 (戌の満水)

娘の職場の人が 「8月1日には、お墓参りに行く」 と話していると聞いて、驚いた。
調べると、深い理由があったのだ。

今から269年前の寛保2年 (1742年) 旧暦8月1日、千曲川流域を大洪水が襲った。流域全体で亡くなった人2900人程、その他、流失田畑の被害も合わせるとものすごい大災害だった。
佐久地方の人達はその慰霊のため、いまでも8月1日にお墓参りをする、という訳だ。
会社の中には、その日を休日にしている所もあるらしい。私が来てからは、たまたま土日に当たる事が多いような気がする。

以下は、所属している郷土史研究会で読んだ小諸藩での様子だ。それによると、

「寛保2年7月28日より大雨、翌29日の夜10時過ぎより川が満水、与良町の橋が流出した。翌8月1日は晴天だったが、浅間の前山続きの山が崩れ、大水がでた。辰の中刻 (今の午前9時頃) 北の山の方が振動し次 第に強くなり、俄かに曇り暗闇になった。六供 (ろっく 町の名前) の成就寺の上より高水 が押し寄せ、 本町・六供・田町辺りを押し流し、追手門へ水が入り足柄御門も三の御門も押し流し・・・云々」

と、要するに何もかも押し流され、大被害をもたらしたのだ。
この大災害は寛保2年壬戌の年に起こったので、「戌の満水」 と呼ばれている。

小諸に行った時、氾濫したという中沢川を見てきたが、深い用水路、といった感じの小さな川で、この川が溢れて大災害をもたらしたという事が信じられなかった。
ただ小諸の場合、町全体が斜面上にあるので、上の方から水が押し寄せたらひとたまりも無かったのだろう。

しかし269年も前の災害を忘れず未だにお墓参りをしているなんて、佐久地方の人達の傷の深さと信心深さをつくづくと感じたのだ。尚、被害に遭ったのは佐久地方だけでは無いのだが、他の地方でこの風習があるのかどうかはちょっと分からない。善光平では行われているようだが。

もうひとつ
こちらに来て感じたのは、名前に「袈裟」のつく方が多い事。例えば 「袈裟義さん」とか 「袈裟恵さん」等というように。これも信仰が深く根付いている事をを示す一つの表れではないかと思うのだ。


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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

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