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島崎藤村の家と佐久

佐久市前山の貞祥寺の境内に、島崎藤村が小諸時代に住んでいた家がひっそりと建っている。
小諸といえば藤村、藤村といえば小諸。
両者は切っても切れない縁だと思っていたので、その記念となる家が佐久にある事に、驚いた。

藤村は明治32年、小諸にあった 「小諸義塾」 の英語の教師として妻とともに赴任した。
それから6年の間、小諸市馬場裏にあった家で暮らし、明治38年、書きためた 「破戒」 を出版するべく東京に戻って行ったのだ。

その間、有名な 「小諸なる古城のほとり」(千曲川のスケッチ) を発表し、今でも小諸市では藤村文学賞を設けたり、藤村の住んでいた馬場裏近辺を 「藤村プロムナード」 と名付け、観光の目玉にしている。

私も勿論、藤村の足跡を期待して小諸に行った。すると、驚いたことに 「藤村プロムナード」 にあるのは、綺麗にブロックを敷き詰めた道と、藤村一家も使ったという井戸だけだった。

「これだけかい?!」 と驚く私。

その後、佐久市の観光パンフレットを見ていると、ごくさりげなく 「貞祥寺 藤村の家が移築されています」
という一文が目に止まった。
家からそう遠くはない所にあるそのお寺に早速行ってみると、境内に入った石段の脇にその家は建っていた。
中には近所のおばさんが交代で詰めているのだろうか、囲炉裏に火が入れられ、観光客を迎えてくれる。

この家は藤村一家がいなくなってからも色々な人が住み、ある時、佐久市前山の人に買い取られ移築され使われた。その後、由緒ある家だと言うので佐久市に寄贈され、ここ貞祥寺に移築された訳だが、そのおばさんが話してくれる事には、
「ある時、佐久市から小諸市に、この家は藤村が住んだ記念の家だからそちらにお返ししましょうか?と申し入れた。すると小諸市は理由は分からないが、それを断って来た。」

そのおばさんの話には、暗に 「せっかくの申し入れを断った小諸の気がしれない。もう返してやるもんか」 という気持ちが込められていると感じたのだ。私が思うに、その話はそれきりになり、佐久に藤村の家があることを知っている人は余りいないのではないだろうか。

佐久市の偉いところは、 「ここに藤村の家があるんだよ~」 と大々的に宣伝する気がまったく無いことだ。
多分、小諸市が断った話も、あの家の世話をしている人やその他極く一部の人達にしか、知られていないことなのだろう。


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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

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