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八王子城

以前住んでいた所から電車を乗り継いで30分ほどで、八王子城の最寄り駅、高尾駅に着く。毎年冬の間だけ、高尾駅に見知らぬ同士が集まって、「八王子城を守る会」 主催の城跡探訪に行く。

八王子城を誰よりも良く知っている人達が何人もいらして、まるで自分の庭のように詳しく色々教えてくれた。冬に行かないと、夏は草も生い茂り虫も増え、とても登山など出来る状況ではなくなるのだ。

八王子城を歩く事はまさに登山そのもので、特に先生たちと訪ねると普通では絶対に知られていない埋もれた道を歩くことになるのだ。必需品は軍手とリュックと水。もちろんお弁当も。ものすごく急な勾配の斜面を草木に掴まりながら登っていると、本当に戦国時代の足軽の気分になってしまう。

天正18年旧暦の6月23日、敵方の兵士は夜陰に乗じてこの山をよじ登り、城を攻め落としたのだ。
城主の北条氏照は小田原城に入っていて留守、家臣とその妻子の他、農民や修験者、僧侶まで籠城していたらしい。

敵は上杉景勝と前田利家。 皆殺しにする覚悟で攻めてきた。
戦いは真夜中に始まり、城方の必死の抗戦にもかかわらず、早朝には落城してしまったようだ。

戦死者は諸説あるが、千人以上。 中には女性も含まれ、山麓のご主殿 (城主達が普段生活していた屋敷) 近くにある 「ご主殿の滝」 に、身を投げて死んだ女性は多くいたようだ。
この 「ご主殿の滝」  は今見ると本当に小さな滝で、ここから飛び込んで本当に死ねるものなの?と思ったら、皆、喉を懐剣で突いて飛び込んだとの事だ。

旧暦の6月23日といえば、今の7月下旬。 猛暑の最中だ。死体は腐り、ひどい有様になっていたろう。それ以来、この山は地元では忌山とされ、みな入るのを嫌がったという。

放置された死体を、現在も八王子にある相即寺の牛秀上人が村人の協力を得て一体一体戸板で下し、そこから寺まで大八車で運んで埋葬し、上に慰霊堂を建てたという。大変な作業だったに違いない。気持ちが悪い、等と思っていたら、こんな作業は絶対に出来ない。

偉い人だと思う。敵方の上杉・前田勢も黙認したのだろう。腐るがままにしておいたら、疫病だって流行したかもしれないし。今でも相即寺にはその時の慰霊堂が、地蔵堂となって残っている。今はコンクリートで固められたその床は、土のままだった以前には、点々と白い骨の破片が見えていたという

ところで上記の 「八王子城を守る会」 では、毎年、慰霊祭を行っている。時はまさに旧暦の6月23日その日だ。 昔の本に 「落城の日になると、他では良い天気でもこの山だけは荒れる」 というような記述があり、本当にそうなんだろうか?と興味があったけれど、私が参加した時は上天気で、山が荒れる事は無かった。

その代わり、とにかく暑い!! バスを降りてからお城までの長い道のりを、文字通り汗だくになりながら歩いた。途中、鬱蒼とした林の中にある城主氏照のお墓の前で、お坊さんを中心に般若心経を唱え、それからお城に向かう。ご主殿の滝前でお酒とお米を撒き、全員心からの黙祷を捧げた。

八王子城は心霊スポットとして有名だそうで、隣にあった美術大学ではしょっちゅう不思議な事が起きた、と聞いた事があるが、一番訪れている先生たちは一度もそういう目には遭っていないとの事。肝試し等と称して面白半分でやって来る人も多いらしいが、それはいけない事だ。きちんと霊を弔う気持ちで臨めば、亡くなった人達も祟ったりはしないと、私は思っている。

私は7,8回は探訪会に参加したと思うが、そんな程度では全く城の全貌は分からない。本当に奥が深くて、何の機器も無い頃にこういう城を設計し築き上げるとは、昔の人の技術は素晴らしい。

先生いわく 「昔はこの木々は全て伐採され、非常に見晴らしが良かったんです。城とは究極の自然破壊ですね。」 まったくその通りだ。樹木を伐採して山を丸裸にし、地形も変えてしまうんだから。

今、鬱蒼と木の繁った城跡を見るとかつての姿は中々想像できないが、見る人が見ると昔の姿がありありと現れるのだろう。その境地に至るまで城跡探訪を続けたかったが、残念ながら引っ越してしまった。
あの探訪会は、きっといまでも続いているのだろう。


* これを書くにあたって、 「八王子城を守る会」 の椚国男先生の書かれた「戦国の終わりを告げた城」を一部参考にさせていただきました。


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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

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