本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

やっぱりあそこだった、佐久の 「蔦石」

ずっと探していた 佐久の 「蔦石」
図書館で見つけた、金澤正昭氏の著作 「岩村田小学校開校130周年記念 岩村田の歴史」 という冊子に、岩村田の古い手書きの地図が載っているんです。

まさしく、現在私が住んでいる近辺の地図で、こういうのが大好きな私には堪えられません。
その中に書いてあった 「蔦石」
それによると蔦石とは、

『宝永五年(1708年) 11月4日、子供狩り 40人終焉地』  とのこと。
宝永5年というと富士山の大噴火が起こり、佐久でも大飢饉に襲われたそうで、高札が出て、5才以下の子供たちを集めて間引きしたとのこと。

別の文献によると、(佐久ホテルのブログ

『宝永5年は佐久は飢饉となり同年11月4日に岩村田の子供40人を蔦石に集めて「まびき」を行いました。
蔦石には40人の乳幼児の霊を慰める「子育地蔵」が建てられました』 

この蔦石がどこにあるのか、もう壊されてしまったのか、どうしても知りたかったのです。
今日、その場所が確定できました。

前々から、すずの散歩ですぐ横を通っていた、中山道から1歩入った所にあったんです。
何も知らない私でも、何となく薄気味悪いと思いながら通っていた細い道沿いにあったのが、蔦石でした。

近くには、墓石が散在しています。
お墓

墓石

横には草に埋もれたお墓が。
草に埋もれた墓石

その横にあるのが蔦石です。
蔦石2

蔦石

分かるでしょうか。
緑と青のネットに隠されるように、大きな岩があります。
その前には、古い古い石碑がいつくも建っています。

それにしても、子供を集めて間引きって、その子達はどのように選ばれたんでしょう。
親は必死に匿おうとしたんでしょうね。
このネットが何のために掛けられているのか不思議なんですが、怨念を封じるためではないでしょうね。
せめてもの回向と思って、手を合わせてきました。
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コメント
sheepさん
やっぱりネットは違和感がありますよね。
借りた金澤さんの冊子では、昔はネットがかかっていなかったんですよ。
いつからかけるようになったのか。

間引きなんて信じられないことが、行われていたんですね。
それも40人も!
本では読んだことがあるけれど、あまりに悲惨なことですね。
こんなに身近にそんな場所があるなんて、驚きです。
2014/06/20(金) 17:25 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
はやとうりさん
間引きというと、生まれたばかりの赤ちゃんを・・・というイメージだったんですが、5才以下っていうのが驚きでした。
そんなに大きくなった子を間引きって。

ネットねぇ。
このネット、ゴミ置き場用に市で貸し出すのと同じなんですよ。
ちょっと抵抗があります。
ここから10分ほど歩いた所に「子育地蔵」というのがあって、そのお地蔵さんがもともとこの場所にあって子供たちの冥福の為に建てたとのこと。
今日、写真を撮ってきたのでアップしますね。
2014/06/20(金) 17:20 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
kz-1さん
こんな大事件なのに、私はほとんど知りませんでした。
敢えて言わない、という感じなのかもしれませんね。
あの石のある所は、本当に何となく薄気味悪いんですよ。
何も建たないのも、そのせいなんでしょうね。

地主の子供と水呑百姓の子供・・・
確かにそれは影響したんでしょう。
今度、佐久市史で調べてみようと思います。
2014/06/20(金) 17:02 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
こんにちは♪
何度みても 不思議な光景ですね
ネットが気になって・・・
>『宝永5年は佐久は飢饉となり同年11月4日に岩村田の子供40人を蔦石に集めて・・・
こんなことが日本でもあったのですね~
う~ん どのように考えていいのやら
ただただご冥福を祈るばかりです。。
2014/06/20(金) 10:25 | URL | sheep☆ #-[ 編集]
No title
おはようございます♪

>宝永5年というと富士山の大噴火が起こり、佐久でも大飢
>饉に襲われたそうで、高札が出て、5才以下の子供たちを
>集めて間引きしたとのこと。

こんな時代があったのですね
今の時代も違う意味で怖い物がありますがね

これ何故ネットが掛けられたままの放置なのでしょう
何らかの形でもっと手厚く葬る事は出来ないのでしょうかね
その事を疑問に感じますね
2014/06/20(金) 03:19 | URL | はやとうり #-[ 編集]
No title
こんばんは。

>宝永5年というと富士山の大噴火が起こり、佐久でも大飢
>饉に襲われたそうで、高札が出て、5才以下の子供たちを
>集めて間引きしたとのこと。

かつては日本各地で行われていたこととはいえ、こういう碑を見るのは初めてなので、結構衝撃的でした。生々しいですね。

>それにしても、子供を集めて間引きって、その子達はどの
>ように選ばれたんでしょう。
>親は必死に匿おうとしたんでしょうね。

こういうとあれですが、地主の子どもたちは障害児でも何だかんだで助かって、それこそ水呑百姓の中で決めなきゃいけなくてその中でも色々と争いがあったんだろうなぁ、と想像してしまいます。
我が国の負の部分ですがきちんと見つめていかなければならないことだと感じます。
2014/06/19(木) 23:29 | URL | kz-1 #-[ 編集]
チルさん
佐久にも、本当に沢山の祠や石碑があるんです。
その一つ一つに曰く因縁があるんだと思いますが、怖い物も多いんでしょうねぇ。
チルさんの住んでらっしゃる所も、古い土地なんでしょうね。
峠を越えて職場に通うような場所ですもんね。
峠って、これまた色んな話がありそうな気がします。
5才以下の子の間引き。
5才と言えば結構大きいでしょう?
考えるのも哀れですよね。
2014/06/19(木) 22:19 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
悲しい歴史がある場所なのですね。
うちの方も道端や山の中に沢山古い石碑があるけれど、調べてみると驚くような事実がわかったりして、ちょっと怖い気がします。
シャボン玉の2番の歌詞が間引きの意味だとか聞いたことがあります。
大噴火による飢饉…生き残るための壮絶な選択…恐ろしいです。
2014/06/19(木) 17:47 | URL | チル #LKe1HGjQ[ 編集]
あしながおじさんさん
あのネットは何のためなんでしょうね。
昔の写真を見ると、何もかかっていないんですけど。
ここも、近くに家はあるけれど、人には会わないんですよ。
とにかく悲惨なお話です。
先生のお話では、明治3年に禁止令が出るまで、間引きは行われていたというんです。
2014/06/19(木) 16:03 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
トカ太 さん
すごい話ですよね。
読んだとき、本当に驚きました。
郷土史の先生が、小さい頃この辺りを通ると薄気味が悪かったと仰っていました。
今でもそのまま残されているということは、地元の方は皆さんご存知なんでしょうね。
2014/06/19(木) 15:59 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
これは、生々しいですね。ネットが凄いです。地域の人は言い伝えで知っているのでしょう。冥福を祈るだけです。それほど壮絶な飢饉だったと思われます。
2014/06/19(木) 11:50 | URL | あしながおじさん #sMU8RmZA[ 編集]
No title
壮絶過ぎて私の貧弱な頭では、状況のイメージすら浮かびません。
せめてもと、子供たちの魂が安らかであることを願うばかりです。
2014/06/18(水) 23:30 | URL | トカ太 #-[ 編集]
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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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