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本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

土方歳三さま

北海道生まれなので、函館はもちろん行った事がある。 五稜郭にも行ったのだが、その頃は土方さんの終焉の地だなんてそれほど知られた話ではなく、あまり取り上げられてもいなかったように思う。

そんな私が新撰組に興味を持ったのは、もちろん司馬遼太郎の 「燃えよ剣」
読んだ時、たまたま新撰組の中心メンバーの出身地、多摩地方に住んでいたこともあり、それに何と言っても資料で見た土方さんのハンサムな容姿に一目惚れ
まったくこの人は、現代でも十二分に通用する美男子だと思った。

多摩地方は新撰組関係の史跡が本当に多い。 家からちょっと車を走らせると、近藤勇や土方さんや沖田総司が稽古をつけに行った小島家が 「小島資料館」として、当時の面影を残したままの屋敷で残っている。
 
日野まで足を伸ばせば土方さんの生家があり、一室を土方歳三資料館として日曜のみ開館してくれる。その日は、部屋に入りきれないほどの人が集まるのだ。中には函館で撮った写真や、愛剣 「和泉守兼定」が展示されており、亡くなった5月には鞘から出して抜身のまま見せてくれる。

私は鞘のままで拝見したが、これを土方さんが使っていたと思うと、マジマジと見てしまった。はるばる函館から戻って来た写真と剣。これが今、こんなに大勢の人を魅了する事になろうとは、土方さんも思いもしなかったろう。

子供たちが小さい頃、「郷土を歩く会」 というのが開かれ、参加してみた。1番印象に残ったのは、街道沿いにある仏具屋さんの2階にひっそりと展示されてあった、天然理心流の巻物だ。

天然理心流とは、近藤勇が何代目かの師範となった、多摩地方で流行した剣術の一派だが、あの極く普通の家で見た巻物は、この剣術がいかにこの地方に根付いていたかを良く表していた。 まだまだあちこちの家の蔵に残されているのだろう。そういえば、近藤勇の前の師範もすぐ近くの出身で、その家もまだ残っているらしい。

多摩地方は天領として、農民の心の持ち方も藩領とは違ったらしく 「将軍様直々の百姓だ」 という優越感を持っていたようだ。天領は年貢も安く、農民の暮らしも藩の百姓より豊かだったらしい。それに将軍を守るのは天領百姓として当たり前だ、という意識もあったのかもしれない。

歴史の大きな流れと言うのは絶対に止めることは出来ないもので、新撰組がいくら頑張っても幕府の終焉は明らかだったが、渦中にいる当の本人達にそんな事が分かるはずもない。現代の我々には、彼らが滅びて行くのが分かっているだけに、最期まで幕府を守って戦った土方さん始め、会津藩や五稜郭に立て籠もった幕府軍に、どうしようもなく心を惹かれていくのではないだろうか。

函館山の麓に幕府軍の慰霊碑 「碧血碑」 というのが建っている。
”義に殉じた者の血は3年経つと碧になる” という言葉からその名がつけられたそうだ。何とも胸が熱くなる言葉だ。

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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

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