本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

帰省の旅  新十津川町の話を聞いてください!

ラーメンを食べた翌日、上天気の下、私を乗せた車は、札幌から札沼線沿いに北へ向かいました。
札沼線は、今は 「学園都市線」 なんてカッコいい名前になっているけれど、私が学生の頃は、桑園駅と新十津川を結ぶ国鉄の路線だったんです。

途中で立ち寄った 「町村農場」
ここは、つい先日亡くなった自民党の町村信孝氏のご先祖が作った農場です。
知る人ぞ知るという感じで、チラホラと観光客もいらしてました。
まちむらのうじょう

ここは定番の牛乳でしょう!という訳で1本ゴクリ。
ああ、美味しい。
まちむらぎゅうにゅう

さて、ここからは一路、新十津川町に向かいます。
何しろ予定が目白押し、モタモタしている場合ではないんですよ。
それにしても、走っても走っても着かない。 
あれ? こんなに遠かったっけ??

新十津川は、夫の祖父が北海道に入植した土地なんです。
「新十津川に行ってくる」 と私が言うと、夫の目の色が変わりました。
「よーく見て来てよ」 
ガッテンだ!!

やっと着いた 「新十津川町開拓記念館」
司馬遼太郎氏などが 「街道をゆく」 に書かれているし、確かドラマにもなったはずなのでご承知の方もいらっしゃると思うけれど、ここは明治22年、奈良県の十津川村から何と2489名もの人たちが集団移住した土地です。
その中の一人が、夫の祖父だった訳です。
しんとつかわきねんかん

明治22年8月、奈良県十津川村を大水害が襲いました。
死者168人、家の流失610戸、田畑も山林も被害を受け、村の4分の1が全滅という大惨事。
すいがいしゃしん

被災した人々は北海道に移住を決意、同じ年の11月から3回に分けて神戸港から船に乗って小樽に向けて旅立ったのです。
この早さにも驚きますね。

人々は小樽から滝川に行き、そこからトック原野、今の新十津川町に辿り着きました。
今でも新十津川の人は十津川村を 「母村」 と呼び、深い交流があります。
数年前、十津川村が水害に見舞われた時、新十津川から助っ人が行ったとニュースで流れていましたよね。
ぼそん

記念館の中はお宝展示物が満載だったんだけど、個人的に1番ググッときたのは、これ。
「新十津川村移住当時の区画図」
細かい区画割をじっくり見ていると、あったんですよ、おじいちゃんの名前が!!
名前だけしか知らなかった人が、本当にここに来て開拓して住んでいたんだ・・・と思うと、何とも言えない感覚になりましたよ。
くかくわりず
係の方の話によると、全員がまったく同じ大きさに土地を分けたそうです。

これは、母村に鎮座していた玉置神社を勧請した新十津川神社の幟です。
たまきじんじゃ

そして、これ。
母村を離れるときに持って来た旗のようです。
菊の御紋が付いてるんですよ。
とつかわそんき

十津川郷は古来勤王の志が篤く、朝廷の信頼も篤かったと言われています。
それが、この御紋章の使用を許された要因なのでしょう。
村旗せつめい

移住民は教育にも熱心で、明治24年には小学校を建てたそうです。
だって、まだ必死に開墾を始めて2年目ですよ。
頭が下がりますね。
がっこう

そして最後には、日曜日にしか開いていない収納庫に案内してくださいました。
たまたま団体さんの見学があったので、開いていたそうです。
ちょっとブレてしまったけど、みんなが実際に使っていた物が所狭しと並んでいて、この黴臭い雰囲気もよいですねぇ。
しゅうのうこ

係の方もとっても感じが良くて、写真を撮っても良いか聞くと 「どうぞ どうぞ」 って快く許可してくれたし、色々説明もしてくれたし。
昭和30年代の調査では、全町民のうち十津川移民の血筋を引く人は10%台だったとか。
係の方自身も 「私はここの生まれじゃないから」 と仰ってました。
それでも母村との繋がりが保たれているって、自分の町の歴史を大事にされてるんですね。
一度見ておきたかった所だったので、大満足でした。


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コメント
高橋さん
こんばんは。

10月30日に新十津川に行かれたんですか!
おまけにその日が、第一陣が札幌に行った日。
何かのご縁ですねぇ。
私も十津川からの移民が故郷の小樽に着いたと知った時は、驚きましたもの。
その第一陣に、我が家の祖父も高橋さんの曽祖父さまも一緒だったなんて、今一つピンと来ないほどの偶然ですよね。
その人たちの末裔が全国に散らばり、こうやってブログを通じてお話しすることになろうとは、これも偶然。
不思議なご縁だと、つくづく思います。
色々教えて下さって、どうも有難うございました。
また、いらして下さいね。
2015/12/21(月) 18:18 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
ご無沙汰していました。実はコメント入れた後10月30日に札幌に行く用事があったのでレンタカーで十津川、東雲方面にも行ってきました。曾祖父の住んだ家とそのお嫁さんになった方が住んだ家が居住地図に載っています。5ヘクタールの畑をもらって開拓しながらそこに住んだにもかかわらず他に移ってしまったのは、奈良で斧をもって木を切る仕事をしていいた人たちには鍬で畑を耕す農家の仕事は物足りなかったからでしょう、と記念館のおじさんに説明されすごく腑に落ちました。

因みにこの10月30日はちょうど移民団の第一陣が小樽港から札幌に移った日で、私も初めての札幌でしたので感動を覚えました。奈良の十津川とあまりにも景色が違い当時の人々は本当に苦労したんだろうなと、DNAを繋いでくれていることに感謝です。
2015/12/21(月) 07:38 | URL | 高橋 #-[ 編集]
つねまるさん
こんばんは。

と・と・十津川村にまた行かれる!!??
この前、帰って来たばかりなのに??
すごいわ~
おまけに道が開通した。
良かった(涙)
山が落ちてたなんて、なんという所なんでしょう。
今も明治の昔も、変っていないのねぇ。
それでも、秋の連休前に開通したのは本当に朗報だわ。
十分に気を付けて行ってきて下さいね。
2015/10/09(金) 19:22 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
朗報です♪
こんばんは。いつもお世話になっております。
十津川と本宮を結ぶ国道、先月、片側交互通行ながら、開通したそうです。
シルバーウイーク前に開通出来た、と。
画像見たら、山が落ちてました。大変だったんだなぁと、実感。

なのでわたくし、通ってきます。うふふ。
2015/10/09(金) 18:41 | URL | つねまる #pjmS0te2[ 編集]
高橋さん
こんにちは。

「新十津川の住居図」がお手元にある??!!
それは凄いですねぇ。
新十津川から上川町に移住されたんですか。
我が家のおじいちゃんもそうだけど、そうやってあちこちに散らばって行ったんですね。
それでも、新十津川町と母村の結びつきがこれほど深いのは、驚くべきことだわ。
住居図を持って現地を訪れると、本当に興味深いでしょうね。
ぜひともコメントで教えて下さいね。
2015/09/28(月) 17:25 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
コメントへのご返事ありがとうございます。ちなみに3代前のじいちゃんは現上川町に移ったようで、お嫁さんはやはり移住した方のようです。新十津川の住居図も私の手元にありまして思いを馳せています。近々現地を訪れてみようと思っています。
2015/09/28(月) 00:33 | URL | 高橋 #-[ 編集]
高橋様
こんにちは。

四代前の方が十津川移民!!
驚きましたーー
早速夫に話したら、やっぱりビックリしてましたよ。
ブログの力って凄いわ~
一緒に、遥々奈良県の山奥から来たんですね。
小説を読むと、長い船旅は大変だったみたいだけど、無理もないですよね。
船なんか乗ったこともないんだもの。
夫の父は早くに新十津川を出てしまったので、夫は住んだことはないんですよ。
でも、十津川村の話は脈々と伝え継がれています。
こんなことなら、あの区画図をもっと大きく撮ってくれば良かったわ。
新十津川、ゆっくり見て来て下さいね。
2015/09/03(木) 14:57 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
わたくしの4代前のおじいちゃんは新十津川に移住した一人です。近く新十津川を訪ねようと思っていてググっていたらこのページにたどり着きました。当地を見るのを楽しみにしています。ちなみに父方の苗字は福井です。
2015/09/03(木) 01:53 | URL | 高橋 #-[ 編集]
sheepさん
こんばんは。

十津川、そちらとは同じ関西圏ってことでご存じだったのかもしれないですね。
新十津川町、道産子の私は名前だけは知っていたけど、詳しい事情を知ったのは結婚してからです。
祖父の名前は当然耳にしていたけど、はっきり言って他人事のように感じてたんですよ。
それがあの区画図を見た途端、急に身近な人に感じました。こんな風に、北海道と内地とは切っても切れない関係があるんですね。
2015/07/19(日) 20:30 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
おはようございます。
十津川 聞いたことあるわっ
関西じゃないの?て思っていたら
そうなんですね
北海道に奈良県の十津川村から集団移住した土地なんですね
しかもその中の一人が、ご主人の祖父さま
あれまぁ なんだかすごいお話ですねぇ
2015/07/19(日) 07:47 | URL | sheep☆ #-[ 編集]
オコジョさん
こんばんは。

新十津川物語、ご覧になりましたか?
今でこそ本やドラマでかなり知られているけれど、私が北海道にいた頃は全然知らなかったんですよ。
今回も札幌から車を飛ばして分かったけれど、1時間半かかりました。
遠かったです。
十津川村、相変わらず危険がいっぱいですね。
付近が大荒れのようなので心配していたら、案の定でした。
今も昔も変わらないんですね。
川の氾濫だけでなく、土石流に襲われたらひとたまりもありません。
いつか十津川村には行ってみたいと思っています。
2015/07/18(土) 20:57 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
はやとうりさん
こんにちは。

町村農場、本当はソフトクリームも名物みたいだったけど、この日は後でお楽しみがあるから牛乳にしたんですよ。
農場で飲む牛乳って格別ですよね。

新十津川に移住した人たち、元々が山の人たちだから木を伐るのは得意だったけど、お百姓仕事は自然条件も厳しくて本当に大変だったようです。
夜盗虫の被害もひどかったんだって。
それに、何と言っても寒さですよね。
確かに土地を均等に分けたといっても、家族構成も色々だろうし、土地の条件も様々だったろうから、気が遠くなるような話ですよね。
夫の祖父の名前を見つけた時は、本当にこの人は存在したんだ!って感じでしたよ。
2015/07/18(土) 16:19 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
KZ-1さん
こんにちは。

さすがですねぇ。
確かに広島は広島県から、伊達市は宮城県から来た人たちが開拓した所だし、札幌の白石区も白石藩の人だそうですよ。
奈良県の十津川村は、古くは壬申の乱の時、大海人皇子に味方して兵を出し、後醍醐天皇の南朝にも味方して皇子の大塔宮は十津川に落ち延びたそうです。
詳しくはこちらをぜひお読みになって下さいませ!⇒http://www.vill.totsukawa.lg.jp/www/contents/1109301190312/index.html
『大泉洋さん の所属する事務所、オフィス・キューの代表、鈴井貴之さん』
これは全然知りませんでした。
夫の祖父の区画を大写しにした写真をじっくりと見たけれど、残念ながら鈴井さんはご近所ではなかったわ~
一緒に移住してきた方だったら、すごいご縁ですよね。
2015/07/18(土) 16:09 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
十津川
新十津川物語はNHKのテレビでテレビドラマでみました。感動的な作品でした。
十津川を離れて新十津川と故郷を大切にした人たちの村だったようですね。
明治に北海道に渡った人たち、みんな苦労をしたのでしょうね。
十津川を流れる熊野川が氾濫しましたね。幸いも人は大丈夫だったようですが南紀は雨の多いところ、そこで生きるのも、北に移った人も大変だったようですね。
でも、今も、誇りを持って生きているようですね。
2015/07/18(土) 09:47 | URL | オコジョ #H6hNXAII[ 編集]
No title
おはようございます♪

「町村農場」広大ですね~
瓶牛乳が濃くて美味しそうです^^

新十津川 これ何となく知っています
当時の方 ご苦労なさったのでしょうね
慣れない北の大地の寒さ 奈良とは比較にもならなかったでしょうね
土地は均等に分けられた 家を建てるのも大変だった事でしょうね
ご主人様の祖先ですか 感慨深い物がありますね
2015/07/18(土) 05:54 | URL | はやとうり #-[ 編集]
No title
こんばんは。

十津川村から北海道に移住した人々が居たんですね。
そして新十津川が出来た、と…
同じ様に、北広島市は広島から、伊達市は宮城から
移住してきた人々が興した村と聞いたことがあります。

>十津川郷は古来勤王の志が篤く、朝廷の信頼も篤かったと言われて
>います。

これ凄いことですよね!
奈良の山奥の方にある村の旗に菊の御紋があるなんて…
一体どういう貢献をしてきたのか、興味あります。

あ、そういえば十津川村は北海道の産んだ名優、大泉洋さん
の所属する事務所、オフィス・キューの代表、鈴井貴之さん
(水曜どうでしょうで大泉さんと一緒に旅する人)のルーツでも
あるそうです。
もしかしたら、ご主人のおじいさんと鈴井貴之さんのご先祖さん、
一緒に移住してきたのかも知れませんね。
2015/07/18(土) 00:55 | URL | KZ-1 #-[ 編集]
つねまるさん
こんばんは。

やっぱりねぇ、台風のニュースを見て心配してたんですよ。
山があまりに深くなると、こういう災害の恐れが常にあるんですね。
移住した人々は、本当に苦労したと思うんですよ。
何しろ、ついこの前までは蝦夷地だったんですからね。

玉置神社って、そんなにスゴイ所なんですか。
歌手の玉置浩二って北海道の出身なんですって。
もしかしたら、十津川と関係があるのかな?なんて係りの方と話してたんですよ。
十津川温泉! 行ってみたいなぁ。
そういえば、十津川の(多分)近くに北山村がありますよね。
後南朝にも、ものすごく興味があるんだけれど。
自天王なんていうと、もうクラクラしちゃう。
あの辺りって、興味深い所がいっぱいです。
2015/07/17(金) 22:58 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
十津川村と新十津川町
こんばんは。折しも昨夜から奈良県の十津川村はえらいことになっております。川下ではまた熊野川が氾濫。
壬申の乱から幕末まで免租だった特別な十津川村。南北朝(十津川村は南朝側)の史跡の数々、十津川郷士960名が加わった天誅組。そんな誇り高い方々が、大水害によって遠く離れた土地でゼロから立ち上げていくのは、筆舌に尽くしがたいご苦労があったのでしょうね。

そして。うおおおお。玉置神社ー!!十津川村の玉置神社といえば、古い信仰の姿が残る憧れのお社。そうかぁ、お連れしたんですね。そうかぁ。じーん。
十津川村の資料館の中かと思うほど、よく似ています。どちらもお互いを忘れず、大切にされているのですね。

おじいさまも、お名前を見つけてもらって、きっと喜んでおいでかと思います。

連休を十津川温泉で過ごす予定をキャンセルしたんで、ぽちん、っと落ち込んでましたが、素敵な記事を拝見したのでリベンジです。くそぉ、台風めっ。
2015/07/17(金) 22:37 | URL | つねまる #pjmS0te2[ 編集]
トカ太さん
こんばんは。

私も結婚するまで、新十津川のことは全然知らなかったんですよ。
今思えば、北海道の学校はもっと地元の歴史を教えるべきだと思うんだけど。
小樽だけがそうだったのかな。
「Newなんとか」 本当にその通りですね。
北海道には、父祖の地名を付けた所がいっぱいあるんですよ。
群馬県からも、きっと北海道に移った人たちがいるはずですよ。
調べてみようかな。
2015/07/17(金) 22:31 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
恥ずかしながら新十津川のことを全く知りませんでした。
そういえば他にも北海道開拓の歴史を万見さんのブログで学ばせて頂いております。
東京近郊には「東なんとか」という地名が結構ありますが、アメリカの「Newなんとか」みたいな地名が日本にもあるというのも勉強になりました。
群馬にある「新前橋駅」は移住や開拓とは全く関係なくて面白味がないです(^_^;
2015/07/17(金) 22:01 | URL | トカ太 #-[ 編集]
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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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