本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

「ブラタモリ 小樽編」 を見て涙腺を刺激されようとは・・・

昨日、待ちに待った 「ブラタモリ 小樽編」
面白かったですねぇ、私も知らないことがいっぱい!!


ここからは、番組をご覧になった方しか分からないことを、勝手に書かせて下さいね。

タモリさん一行が訪ねる所が、ほとんど私のテリトリーだったの。
もう最高 

水天宮さんは、毎年のお祭りを楽しみしていたし、普段もしょっちゅう遊びに行った所。
確かに鳥居からグルッと回り込んで境内に入るんだけど、町の中心が移動した結果だとは全然知らなかったわ。
メルヘン交差点 (もちろん昔はこんな名前じゃなかったのよ) から3分ほど歩くと私の家があったし、運河も倉庫街も昔からお馴染みの場所だった。

いつもブラブラしてた水天宮下の繁華街。
あんな風に山を切り崩して作った町だったなんて、全然知らなかった。
ずっと向こう側には花園公園があって、そこから水天宮の鳥居までが高い丘だったのね。

あ、あのお店は缶詰屋さんで、小学校高学年の時に生まれて初めてコカ・コーラを買った所。
あの角のお店は、昔、福助の足袋を扱ってるお店で、店頭に福助人形が置いてあったっけ。

威圧感のある銀行の建物達には、残念ながら子供だったから入ったことが無かった。
入っておけば良かったなぁ。

それに、小樽って山の手と下町がハッキリしていて、高い所にはお屋敷があんなにあったのね。
私も友人たちも全員下町の住人だったから、そんな事ほとんど知らなかった。


こんな感じで感慨に耽っていると、運河保存運動の話。
小樽市を二分する大論争の最中、私はとっくに小樽を離れ札幌で青春を謳歌していたんだ。

あの頃、風の便りに、「運河埋め立て派と反対派が大論争」 って聞いてはいたけど、ほとんど気にも留めてなかったし。
だけど、頑張ってくれた人たちのお蔭で、今 年間 750万人 もの観光客が来てくれる一大観光都市になったんだ。
本当に本当に感謝だわ。

涙が出てきて・・・とまではいかなかったけど、熱い思いが湧いてきて 「ブラタモリの中でも最高のブラタモリだった」 と思ったんです。
来年帰ったら、絶対にあの辺りをフラフラ歩き回ろうっと。



夕方、雲の間から見えた浅間に、幾筋かの雪が!
初冠雪よね。
後2回降ったら、里にも雪が降るんだわ。

浅間の雪
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コメント
たっくんさん
こんばんは。

>卒論で小樽の港湾労働問題に焦点をあて、聞き取り調査や過去のデータと当時のデータを比較<
これ、すごく面白そう!
私の時、1700人くらいの児童がいた量徳小学校が、閉校の時には130名ほどだったというんだから、もう言葉も無いわ。
私も、さっさと小樽を離れて札幌に行ってしまったんだから、何も言えないけど。
それでも、十万ちょっとの人口であれだけバスが走り回ってるんだからスゴイと思うのよ。
懐かしい小樽が、いつまでも人気のある町でありますようにって、願ってるんです。
また、遊びにいらして下さいね。小樽トークをしましょう♪
2015/11/18(水) 17:34 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
おはようございます。

博物館や鉄道記念館を見て、ほとんど小樽の街しか知らなかった子供の頃、自分が住んでいるこの小樽は蒸気機関車が日本で2番目に走ったとか、商業都市で5大港に入るとか、北のウォール街と呼ばれていたとか、なんだか自分が住んでいる街が過去のことだけど自慢できる歴史がたくさんあるんだなあと感じていたと思います。

卒論で小樽の港湾労働問題に焦点をあて、聞き取り調査や過去のデータと当時のデータを比較したのですが、衰退、斜陽の道をたどっているのがはっきりわかりました。

高校の頃かなあ、新聞で道外の方に小樽が日本地図でどこに位置するかのアンケート結果が載っている記事がありました。半分くらいはハズレだったような気がします。そのころの小樽は全国的にはあまり認知されていなかったのですね。

万見さんのおかげで、うっすらとですが小樽での思い出が次々とよみがえってきますね。

それでは。
2015/11/18(水) 06:59 | URL | たっくん #tQ725RIE[ 編集]
たっくんさん
こんにちは。

なんと、たっくんさんもあの博物館に行ってらした!!
あそこ、何とも雰囲気が素晴らしかったですよね。
暗くて湿っぽくて黴臭くて、私の中では博物館と言えばあの小樽博物館、ってインプットされてます。
あの階段を上がると、廊下にも色々な剥製を飾った大きなガラスケースが置いてあって、貴賓室もしっかり展示室になってましたよね。
調べると、今は「旧日本郵船」として入館料300円で見られるみたい。
たっくんさん、これは絶対に見なくちゃいけませんよ。
すっかり雰囲気は変ったかしら。
それに御父様はボート部で北海製罐から出艇していた。
小樽のボート部はみんなあそこに艇を置かせてもらってたんですね。
姉は4人乗りにコックス1人でしたよ。
それにしても、一人で博物館に行くのが好きで合唱が好きで小樽生まれで。
本当に共通点が多くて、驚いてしまいますね!
2015/11/17(火) 15:32 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
おはようございます。

万見さんのコメント、おいおいそこまで共通項があるの?て感じで読ませて頂きました。

まず旧博物館、私も小学、中学の頃何度か一人で行きましたよ。梅源線に乗って。

記憶は定かではありませんが、入口を入り右側に進むと受付があったかと思います。その横には立派な手摺階段。
1階では小樽にも昔はハチ公みたいな忠犬がいたんだあと初めて知った剥製。SoftBankのお父さんみたいです。名前は「文公」?だったでしょうか。消防活動で活躍したみたいですね。2階にはこれまた豪華な貴賓室。昔の商船の大きな模型やら。子供心に昔の小樽の繁栄を肌で感じていたのだと思います。
当時の博物館は全体的に暗くて、骨董店みたいな資料の展示をしていたように思います。でもあの空間は好きでしたね。あの日本郵船の建物は今は開放されているのでしょうか?
ついでに父が国鉄マンだったせいもあり手宮の鉄道記念館もよく行きましたね。珍しい車輛や、義経、大勝号などなど。義経と弁慶とのランデブーも見に行きましたよ。
父からはSLの動輪は3つでも4つでも直線に並んでいるのにどうしてカーブを曲がることができるのか、その理由を教えてもらったり。

そして北海製罐。
父は国鉄の現業職でしたが若いころボート部?(当時の呼び方はわかりません)
正確にはボートではなくてレガッタなんだそうです。
当時は今のように座席が前後にスライドするわけではないので、上半身を前かがみになり一気に腰力と腕力で引き寄せる漕ぎ方だったそうです。直径10センチほどの木製オール棒が弓なりに撓るんだそうです。
車で言えばボートの駐車場的な北海製罐。そこに連れられて行きました。すでにレガッタ自体はなかったけど小さなボートが浮いていた気がします。
練習場所は小樽港湾内。
相模湖で国体があり6人乗りだったか8人乗りだったか忘れましたが3位に入ったそうです。ネットで調べても当時のデータは見つかりませんでした。
私が生まれる前のことですけど、そんな父も今年85歳。とりあえず長生きしてます。父にとっては思い入れのある場所だったんですね。
2015/11/17(火) 06:27 | URL | たっくん #tQ725RIE[ 編集]
らざーろさん
こんばんは。

お仕事だったんですか~
それは残念!
お母様の仰る通り、身贔屓を差し引いても良い番組だったんですよ。
今までで1番よ。
多分、再放送をするからぜひぜひ見て下さいな。
らざーろさんのテリトリーとはちょっと離れているかもしれないけど、小樽の街づくりがこんなだったとは!と驚く事間違い無しです。
「録画機」
我が家にはあるんだけど、どういう訳か録画できなくて。
ホント意味がないの。
仕方ないから、実家に頼みました。
2015/11/16(月) 23:23 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
こんばんは。

お仕事のせいで、見られなかったのです・・無念。
ただ母は、しっかりと見ていたようで、
非常に良かったと申しておりました。
再放送を絶対に見なければ。

・・・というか、いい加減、「録画機」の購入を検討しなければ。

2015/11/16(月) 22:49 | URL | らざーろ #-[ 編集]
オコジョさん
こんばんは。

いやあ、恥ずかしい・・・
私も東京時代は、仕事と子育てに追われて小樽どころじゃなかったんですよ。
佐久に来てからですね。
子育ても終わり会社も辞め、やっと余裕が出来て来て、俄然小樽が懐かしくなったんです。
そういう人は大勢いるとみえ、退職後小樽に戻った方もいらっしゃいますね。
姉も、「小樽が懐かしい懐かしい」と連呼してます(笑)
♪ふるさとは とおくにありて思ふもの♪ だけど、今は飛行機で一っ飛びの時代だから、本当に有難いです。
知らないことだらけだった小樽、今から来年はどこを回ろうかと考え中です。

今日は最高のお天気で、浅間も見事。
あの姿を見るたびに、良い所に来たと感じてます♪
2015/11/16(月) 20:05 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
こんばんは
仙千代さんの故郷への思いがあふれ出ていますね。
小樽、きっと喜んでいると思います。
そうした故郷を持っていることは素晴らしいことです。

でも、知らないことばかりでしたね。
そして、町の歴史とは・・・・
そんなことを考えさせられるような・・・・

今日の浅間素敵でしたね。
2015/11/16(月) 19:50 | URL | オコジョ #H6hNXAII[ 編集]
たっくんさん
こんばんは。
本当にお久しぶりです。

何とたっくんさんは、運河保存運動に参加されていたんですか!
>中央橋での杭打ち工事ではシュプレヒコールをあげたりデモに参加したり、保存署名集めをしたこともあります。市役所に押し掛け、対応したのが助役でラチが開かなかったことも記憶にあります<
そうだったんだ~
私、何にも知らずに札幌でのうのうと暮らしていたんです。
申し訳ないやら何やら・・・・
運河はどんなに汚くても、あって当たり前の存在だったから。
小樽高女の卒業生の峯山さん、日本郵船の近くに記念碑があるんですか。
私事だけど、日本郵船が博物館だった頃、一人で何回通ったか分からないくらい大好きな所でした。
最近はなかなか足を伸ばせなくて行っていないけれど、来年には私も行ってみようかな。
たっくんさんは今週末に帰るんですか。
ブラタモリを見て、私もたまらなく帰りたくなりました。
どうしてこんなに懐かしいんだろう、昔はそんなに思わなかったのに。
これまた私事だけど、姉はボート部にいて、北海製罐の中から外海に漕ぎ出したそうです。
私も観光客の集まる辺りは敬遠してますね。
北運河っていうのかな?特に北海製罐の事務棟の建物が好きで、あの辺りをウロウロするのが良いですね。
新しい博物館にも行ったけど、やっぱり郵船時代の博物館が懐かしくて、あの埃っぽい黴臭い雰囲気を再び味わいたいです。
それでも、たっくんさんたちのご努力のお蔭で、小樽はあれだけの観光客が来てくれるんだから、良かったと思う事にしましょうね。
小樽っ子の小樽と、観光の人の小樽は違うと割り切って楽しむことにします。
小樽の事になると、言葉が止まりません(笑)
2015/11/16(月) 18:53 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
はやとうりさん
こんばんは。

ああーん、残念!!
見てもらいたかったわ~
見て見て!って電話しちゃえば良かった(笑)
とにかく懐かしい所ばかりで、終わってからすぐに姉にテル、暫し小樽トークで盛り上がりました。

昔、住んでいた頃は、まさか人気番組に取り上げられる町になるなんて考えたことも無かったのよ。
来年帰ったら、今度は一人でじっくり古い運河沿いを歩いてみたいと思います。
2015/11/16(月) 18:31 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
こんにちは。お久しぶりです。
万見さんの事前のアナウンスで視ようと楽しみにしていたのですが、ちょっと遅れて小樽博の話題のあたりからみることができました。小樽博は確か就職で上京した年だと記憶しています。
私は運河保存運動に少しだけ参加していたので、中央橋での杭打ち工事ではシュプレヒコールをあげたりデモに参加したり、保存署名集めをしたこともあります。市役所に押し掛け、対応したのが助役でラチが開かなかったことも記憶にあります。
番組中市議会での強行採決のシーンが少しだけ放送されていましたね。傍聴席にカメラが向いた瞬間、3代目守る会会長の峯山さんが涙を流していたのが映っていました。数年前にお亡くなりになったそうです。峯山さん、小樽高女の卒業生です。
昔の博物館の旧日本郵船小樽支店そばに峯山さんの記念碑があるそうです。「地域に生きる」と刻まれているとか。今度の土日月に帰省するのでちょっと足をのばして見てきます。
結局運河論争は保存派の内部分裂もあり行政に押し切られ負け組になりました。
私は埋めたて前の海側倉庫群をバックにたくさんの艀が浮かんでいる風景を油絵に描いている人々が多かったあの時代の運河のほうが好きです。
2015/11/16(月) 12:30 | URL | たっくん #tQ725RIE[ 編集]
No title
おはようございます♪

 「ブラタモリ 小樽編」 これ見れば良かったと後悔しています

仙千代さんにとっては故郷 感慨もひとしおだった事でしょうね
子供故に知らなかった事もたくさんあるわね
次回お帰りの際にはその辺も踏まえてゆっくり歩きましょうかね
2015/11/16(月) 07:42 | URL | はやとうり #-[ 編集]
つねまるさん
こんばんは。

さすがつねまるさん、憶えていてくれました?
あの参道、本当に急で長くて今なら絶対に登れない。
つねまるさんは大丈夫よ!
足腰、鍛えてるもんね。
あの町が、あんな大地を削ってできたなんて、知らなかったわ。
大大大工事よね。
だって、今の小樽の人口が10万ちょっと、明治末で9万人て言ってたでしょ?
それは急速に町をつくらなくちゃいけないものね。
あの堺町通り、(蔵が並んでいる通り)の裏の崖が海食崖だなんて全然知らなかったし。
小樽を見る目が変るわ~
職業不詳の末裔だわ、私(笑)
2015/11/15(日) 20:56 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
面白かったですねー
こんばんは。うふふ。私、知ってるもんね。水天宮には別の参道があるんだよー、万見仙千代様のとこで見たもんねーって思いながら、わくわくしてました。
人力って集まるとすごいですね。あの崖、不思議だったんですが、あんなにいっぱい削ったなんて。
町の変化っていろいろな形があるんですね。運河のへこんだ所もなるほど、でした。小樽、行きたいぞー。です。
2015/11/15(日) 19:54 | URL | つねまる #pjmS0te2[ 編集]
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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分12才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。(まりは10月25日永眠しました。家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。)

何をするにも、まず散歩から!
散歩は健康の秘訣です。

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