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本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

胸に迫るものがある 「映像の世紀 人類の極限への挑戦」 

16日の土曜日は、翌日に迫ったクリスマスコンサートの練習で、夜の外出。
その時、NHKプレミアムで 「映像の世紀 人類の極限への挑戦」 を放映だったので録画しておきました。

それを今日の昼間に見てみると、

エベレストの最初の登頂者だったかもしれない ジョージ・マロリー のこと。
近年発見された、彼の白蝋化した遺体の写真もあり、言葉も無く見ていました。

それからそれへと番組は進み
スポーツと政治との関連。
もちろん、ヒトラーのベルリンオリンピック。

アメリカの黒人選手、オーエンスのものすごい活躍 (4冠王になったんですよ)
でも、その後、アメリカでは人種差別から逃れることは出来ず、馬と競争したりの興行のようなことに出たりして、無念だったと思うんですよ。

それよりなにより、一番心に突き刺さったのは、1964年の東京オリンピック マラソン3位の 円谷幸吉選手の遺書です。
それほど脚光を浴びていた訳では無い円谷選手は3位になり、一挙に国民の英雄になったんですよね。

私もこのマラソンは見ていました。
でも、その後の円谷選手の動向はあまり知りませんでした。
ただ、「円谷選手自殺」 のニュースは覚えています。

走っても走ってもあまり結果が出ず、本当に苦しんだ末の自殺と紹介されていました。
ひたすら心に刺さるのは、その遺書です。

所属していた自衛隊の上司への詫び状。
そして、愛する父母への遺書の一節。

「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。」 から始まる遺書は

「父上様母上様 幸吉は、もうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒 お許し下さい。気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました;」(ウィキペディアより)

アナウンサーが淡々と読み上げるその遺書に、涙が出てきそうになって、慌てて鼻をかみました。
今も、この遺書を読むと、どうしても涙が出てきます。

円谷選手は、日本全国からの期待に押しつぶされてしまったんでしょうか。
そんなに真正面から受け止めなければ良かったのに・・・・っていうのは、赤の他人だから言えることなんでしょうね。

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コメント
おばちゃんさん
こんにちは
コメント有難うございます♪

そうそう!
競技場に入った時は2位だったけど、追い抜かれて3位だったんですよ。
日本中が熱狂したんでしょうね。
あの遺書の切なさには、何度読んでも泣かされます。
本当に、お父様お母様の側で暮らせたら、あんなに早く死ぬことは無かったでしょうに。
あの遺書を残されたご両親も、どれだけ苦しんだことでしょう。
これを打ちながらも、目が熱くなってしまいます。
本当に真面目なお人柄だったのが、あの遺書に表れていますよね。
2017/12/19(火) 16:55 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
No title
円谷選手の遺書は何かで読んだ記憶があります。

はっきりした記憶ではないのですが、
競技場に戻ってから追い抜かれたのでは
なかったでしょうかv-361v-363
おばちゃんも円谷選手は、
日本全国からの期待に押しつぶされてしまったのだと
思います。どんなに辛かったことでしょう。

立派な文章の遺書だったことを思い出しました。
2017/12/18(月) 23:07 | URL | 佐賀のおばちゃん #-[ 編集]
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プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

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