FC2ブログ

本・音楽・ペット・合唱・その他色々、書いていこうと思っています♪

十津川水害 今昔 

初めに。

今日のブログはちょっと長くなってしまいそう。
どうかお付き合い下さい。


十津川が大変なことになっている。
ここは私にも無関係な土地では無い。
夫の祖父が十津川の出身で、言ってみれば父祖伝来の土地なのだ。

実は、十津川を大水害が襲うのは、今回が初めてではない。

今から122年の昔、明治22年(1889年)8月末、奈良県十津川を大洪水が襲い、壊滅的な被害をもたらした。被災した人々は家も土地も生活の糧も失い、なんと北海道への移住を決意したのだ。

まだ北海道などという名前も浸透せず、当時の人々の意識の上では蝦夷地だったろう。
そんな時代に北海道移住を決めたことが、まず大きな驚きだ。

十津川は奈良県の最奥。
昔から天皇家に対する崇敬の念が厚く、後醍醐天皇の皇子 護良親王が一時ここに隠れ、村人の保護を受けたという。

かの坂本竜馬も、暗殺された時、宿に訪ねてきた刺客が 「十津川の者だ」 と名乗ったためすぐに信用し、部屋に上がるように指示したというほど、十津川の勤皇は世に知られていた。


十津川の大災害は、あまりに辺鄙な場所だったためなかなか中央まで伝わらず、決死隊のようにやって来た使者たちによって五条の役所が知った時、役所は愕然としたという。


土地も流され、これ以上この土地で暮らす事を諦めたのだろう、十津川の指導者は政府に北海道への移住を願い出た。政府としても、北海道開拓を託せるし一石二鳥だったと思われる。

600戸 2489人の移住民を3回に分け、第1回目の移住がその年の10月24日に出発したというのだから、その早さに驚く。その中に、夫の祖父もその家族も含まれていたのだ。

神戸から出港し4日後に着いた所が、なんと私の故郷 小樽だった。
小樽から汽車で幌内 (ほろない) まで行き、そこから徒歩で居住地となる原野に向かったのである。

彼らはその地に根を下ろし、未開の原野に故郷をしのんで 新十津川 と名付け、営々と開拓を続けたのだ。考えただけでも、ものすごい苦難の連続だったろう。

夫の父は大人になってこの土地を離れたのだが、本家の人の話によると、今でも新十津川町の人達は父祖の土地、十津川と交流を続けているとのこと。

私はこういう話に弱い。
なんか鼻の奥がツンツンしてくるのだ。
故郷を思う人々の思いが、この年になって分かるようになってきたということだろうか。
同じく内地を出て北海道に根を下ろした、両親の気持ちが分かる年になったのかもしれない。


それにしても今回の水害の模様をTVで見ていると、昔も今も十津川は隔絶された土地である事が分かる。クネクネと曲がる川と道路を見ていると、余りの険しさに驚くばかりだ。こんなに文明が発達していても、土地の険しさは変わらないのだ。

かろうじて自衛隊のヘリコプターで物資は届いているようだが、あの寸断された道路は一体いつになったら復旧するのだろう。

十津川の一刻も早い復興を、子孫の身内の一人として祈るばかりだ。



※ 道新選書 川村たかし著 「十津川出国記」を参考にさせていただきました。


長いブログ、読んで下さって有難うございます。ポチしていただけると励みになります 
にほんブログ村 その他日記ブログ 気ままへ
にほんブログ村
人気ブログランキングへこちらにもポチよろしく。
人気ブログランキングへ
スポンサーサイト



コメント
らざーろさん
こんばんは。
コメント有難うございます。

そうですか。母村と言っているんですか。
どうしましょう。鼻の奥のツンツンがひどくなります。
十津川村に行けば、夫の縁者がいるんだろうな、同姓の人達がたくさんいるんだろうな、と考えると不思議な気持ちになります。
復旧したら、思い切って訪ねてみようかな。
2011/09/08(木) 23:08 | URL | 万見 #YR4Ixzf2[ 編集]
こんばんは。
新十津川の方たちは、今でも十津川村のことを「母村」と表現しているようですね。
「天災は忘れた頃にやってくる」なんて言葉もありますが、少なくともこの半年、忘れたことは無いんですが・・。
2011/09/08(木) 22:50 | URL | らざーろ #-[ 編集]
ぺえたさん
こんばんは。
コメント有難うございます。

私も結婚するまで全然知らなくて。
同じ北海道でも新十津川と小樽じゃかなり離れていますしね。
でも夫は親に聞かされていたのでしょう、何度も私に話していました。

今年の天災は異常ですね。早く復興してくれる事を願っています。
2011/09/08(木) 22:15 | URL | 万見 #YR4Ixzf2[ 編集]
こんばんは。
十津川というと、ドラマの十津川警部とかしかピンと来なかったんですが(汗)そんな重い歴史があったんですね。
今年は大自然の驚異を、まざまざと見せつけられる出来事が多いですね。
災害に遭われた方達が、また安心して暮らせる日が一日も早く訪れますように。
2011/09/08(木) 21:10 | URL | ぺえた #-[ 編集]
はやとうりさん
こんにちは。
コメント有難うございます。

お隣なんですか。
改めて映像で見せられると、本当に険しい地形で驚くばかりですね。
こんな所にも人間の営みがあるって、なんとなく厳粛な気持ちにさせられます。昔は地の果てだったんでしょうね。
夫が一度は行きたいと言っていたのですが、途中の道の険しさに二の足を踏んでいました。
天災の多い年。こんな年は経験したことがないですね。
2011/09/08(木) 12:17 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
JUNxxxさん
こんにちは。
コメント有難うございます。

本当に今年は災害の多い年ですね。
夫から十津川からの移住の話はしょっちゅう聞いていました。多分、新十津川の人達も大騒ぎになっているのではないでしょうか。
お知り合いの方たちは大丈夫だったでしょうか。
とにかく早く、ライフラインが復旧してくれることを祈っています。
2011/09/08(木) 12:11 | URL | 万見仙千代 #YR4Ixzf2[ 編集]
おはようございます♪

十津川お隣の県なのです 和歌山も近いし・・・
大変な事になっていますね
明治時代にも同じような事があったとは知りませんでした
今復旧作業が行われているそうですが心が重いですね
震災・台風最近あちこちで天災が多いですね
もうこれ以上災害が続きませんように祈るしかないのでしょうか
2011/09/08(木) 07:12 | URL | はやとうり #-[ 編集]
こんばんは☆
そうですか、そういう経緯があったんですか。
自然の脅威を見せつけられる厳しい年ですね…人間はうまく適応していかなければなりませんね。
僕も奈良・和歌山と知り合いもいるので、気が気でない日々でした。
2011/09/07(水) 22:57 | URL | JUNxxx #-[ 編集]
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する
プロフィール

万見仙千代

Author:万見仙千代
出身は北海道、長い首都圏生活を経て、ただいま信州在住です。

愛護団体出身で、多分16才になるすず、2011年3月11日に保健所からやって来て家族になった、年齢不詳のまりの2ワンコの散歩を中心に、1日が回ってます。
すずは、令和元年9月21日に永眠しました。まりは、2011年10月25日永眠しました。まりは、家へきて、たった7か月と2週間の生活でした。

一緒に歩く相手がいなくなってしまいましたが、散歩は続けています。
健康とダイエットのためです。

リンクはお気軽に。

過去記事へのコメントも大歓迎です♪

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
最新トラックバック
カテゴリ
フリーエリア
カウンター
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード